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最愛は海色 第10章

「学校、行きたくない」
八戸大橋で歌っていたときに遠くに見えた黒い雲は、夜になると分厚く空を覆った。
重たげな雨音を聴きながら、久しぶりに優多さんと電話をつなぐ。歌をからかわれたことを思い出しては、憂鬱になっていた。

「そんなに行きたくないならさ、学校さぼっちゃおうよ」
優多さんは言った。唐突な提案に、私は戸惑った。
「軽々しく言わないでよ」
「ごめん。でも、たまにはいいんじゃない? 毎日を駆け抜けるためには、そういう日も必要だよ」
当事者ではないから、優多さんは無責任なことが言える。その一回で、ぷつんと糸が切れるときだってあるのに。
「平日の昼間から、カラオケとかゲーセン行こうよ。みんなが勉強している時間にさ」
怒りとは裏腹に、楽しそうだとも思っている自分がいて困惑する。
「……考えとく」

翌日、いつもどおりに制服を着て外に出たけれど、いつものバスには乗らなかった。
中心街で、いたずらっ子のような顔をした優多さんと合流した。
「不良ですね」
優多さんは笑いながらそう言って、私の手を握った。
カラオケではおもいおもいに好きな曲を歌い、ゲームセンターでは大きなぬいぐるみに無謀な挑戦をした。ふたりではじめてプリクラも撮った。優多さんのへたくそな落書きが可愛い。

薄皮のたい焼きを食べ歩きながら、今では随分と廃れてしまった街並みを眺める。
「八戸、好き?」
街並みを見つめたまま、優多さんに訊ねる。
「そよかは好きでしょう」
優多さんはあいまいに笑う。
「私は、優多さんがいれば幸せだよ」
そのあとは沈黙が続いた。優多さんがなにも言えないことは分かっていた。
「困らせるようなこと言って、ごめん」
「好きだよ。そよか」
握った手に力が込められる。優多さんの汗で、手と手がじんわりと湿った。
「好きなのは、本当だよ」
「うん。分かってる」

優多さんが私の目を見て言えないことの全部を、許したい。愛しく思う気持ちは互いの心の中にあるはずなのに、この瞬間は幸せでたまらないのに、けして満たされることのない空洞がある。
「ラケット買って、バトミントンしない?」
「なにそれ、めっちゃ楽しそう。大賛成」
「よーし、勝負だ」
百円ショップで安っぽいラケットを買い、三八城公園まで歩く。優多さんが首にかけているカメラのレンズに、夕日が映りこんできらりと光った。

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