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君主論 マキアヴェリ #読書感想文

ニッコロ・マキャヴェッリ(1469年5月3日 - 1527年6月21日)は、イタリア、ルネサンス期の政治思想家、フィレンツェ共和国の外交官。
・民衆というのは頭を撫でるか、消してしまうか、そのどちらかにしなければならない。というのは人はささいな侮辱には仕返ししようとするが、大いなる侮辱に対しては報復しえないのである。したがって、人に危害を加えるときは、復讐のおそれがないようにやらなければいけない。

過ぎたるは猶及ばざるが如しで、あまりにも過度な行動をすると、その揺り戻しが自分に帰ってくる。

・当事者が事業を遂行するのに、他人にお願いしたか、自分でやったかである。援助を求めた最初のばあいは、かならず禍が生まれて何ひとつ実現できない。逆に、自分の能力を信じ、自力をふるった後のばあいでは、めったに窮地におちいることがない。

五木寛之がいっていた ”俗にいう「他力本願」、人まかせの考え方とは正反対の思想が真の「他力」である。人に頼ることはできない、そして、自分の限界もはっきり見えた、そんな絶望のどん底を自覚した時に、人は「他力」の感覚に出会うのだ。二つは相反するものではなく、他力とは自力を呼びさまし育ててくれるもの、「自力の母」なのである。” が思い浮かんだ。まずは自分でやってみる事だ、そしてどうしようもなく感じた時に他力の風が吹く、そして自力が再び呼び覚まされる。一丁目一番地は自分で努力して、自分の限界を知る事が大切だ。自分が必死であるからこそ、他人が心を動かされる。そして失敗しても何度もやり直す事が出来る。

・臆病風に吹かれたり、誤った助言にしたがって、逆のことをやってしまわない様にする。

時として恐怖は人間の判断を狂わす。

・運命が一変してしまったときでも、運命に耐えられる心構えがなくてはならない。

何があっても、同じ時間に起き、顔を洗い、朝ご飯を食べる。苦しい時や辛い時こそいつも通りの生活を心がける。そうすると復調するきっかけに出会うことができる。いつも通りの自分を思い出せる。習慣は人生をかえる。

・人間は恐れている人より、愛情をかけてくれる人を、容赦なく傷つけるものである。

甘えさせてくれる人に、甘えすぎるのはよくない。度が超えると気遣いがなくなり居心地がよくなる。相手対して自己中な態度をとる。そしてそのうち自分が堕落して自立出来なくなる。飼っている犬だって時には飼い主に噛みつくときがあるだろう。ただ絶対に噛みつかないと思っている。それが人間だと考えたら、甘えすぎる事は恥ずかしいことだ。甘える時はまず相手を尊重する事が大切だ。

・加害行為は、一気にやってしまわなければならない。

絆創膏をはがす時と一緒ですね。

・愛されるより恐れられるほうが、はるかに安全である。

でも人に怖れられる人生はつまらない、いずれ反撃を受け凋落する。

・人は慎重であるよりは、むしろ果断に進むほうがよい。

むしろ行動して緊張感があったほうが、慎重になれる。ここでミスをする訳にはいかないと集中力が増す。建設的な行動だ。

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