見出し画像

嘘の日記、土曜日や日曜日の。

 正解のない問題を考えるような日々が続いているので、必然的に天井を眺める時間が長くなってしまう。わからないことが多すぎるから、脳に入ってくる情報を減らさなければいけない。白い天井には染み一つなく、そこにはLEDライトと火災報知器だけがぺたんと貼り付けられていた。

 日が長くなってずいぶん経つ。それに従って日が昇るのも早くなった。いつまでも夜が続くような時期は過ぎ去って、幸福や暖かさが世界を跋扈している(暖かいというよりも暑いと言ったほうが正しいかもしれない)そんな中で眠るのに失敗してしまえば、朝が追い付いてくるのも当然というべきだろう。カーテンを縁取り漏れてくる光の中で、僕は身体を起こした。

 特に決まった予定はなかったが、今日は出かけることにした。このまま家にいても布団の上で一日を無駄にすることが明白だからだ。別にそれが悪い選択肢だとは思わないけれど、こんな良く晴れた日を無下にすることもあるまい。幸いにも僕はこの街に来て長くはないから、やることに困りはしないだろう。

 冷たい水とビタミンの錠剤をもって朝ごはんとして、だらだらと出かける準備をする。着る服や財布のありかについて迷うことはないけれど、出かけるときにいつも迷うことがある。それはどのような本を鞄に入れておくかということだ。その選択は僕の中ではあまりにも重要だった、最後の晩餐で何を食べるか決めるみたいに。スマートフォンを使えばどこでだって本を読めるようになっても、僕は鞄に本を入れずにはいられなかった。

 本をお守りとして持ち歩く人は少なくないように思う。例え電車に人が多くても、カフェで少し落ち着かない気分になっても、本を開けばそのような雑事はすべてどこかへ行ってしまう。それらは物語の前では些細なもので、そこには現実のどんなものも干渉しない。整然と並ぶ文字だけが世界のすべてであり、それだけが僕の手を引いていく。

 今日はどんな本を持って出かけようかと、机の隅に積み上げられた本たちを見やる。彼らはそこで自分が読まれるときをじっと待っていた。ジャンルも作者も大きさもバラバラなそれらは、僕の机の一角を堂々と占拠している。(元々手狭な机がそんな調子になってしまったのは我が家の本棚が不甲斐ないせいであって、僕が常日頃から古本屋をうろうろしていることとはなんら関係がない)

 それぞれの本には、読まれるべきタイミングがあると思う。それは購入と同時期かもしれないし、買ってからずっと後かもしれない。でも、その時期がくれば本たちは自らを僕に向かって開いてくれる。少なくとも僕はそう考える。そうしてその時期を逃さないように、僕は品定めをする猟師の気持ちになって注意深く本を選ぶのだ。

 そういうわけで、僕は本の山々から慎重に一冊の本を取り出した。それらが崩れないように注意しながら。それはある有名な小説家が書いたもので、上巻は真っ赤な表紙が目を惹く。読もう読もうと思いながらなかなか手が出なかったものだ。彼の文章は長い時間を感じられるものだから、今日のようなゆっくりした日にはちょうど良いだろう。

 本と財布とスマートフォン、それとイヤホンだけを持って家を出る。朝はまだ少しひんやりとしていて、前の季節の静謐さが残っているように感じた。透明な空気の中を陽光がまっすぐ降りてきて、世界全体がきらきらしている。自分の足音と電車の走る音だけが耳に届く。それ以外にはなにも聞こえなかった。もったいないので、イヤホンは鞄の中に入れたままにしておいた。

 木々たちはその枝葉を揺らしさらさらとした音を立て、その緑と生命力とを全身で主張している。その葉が揺らいでいるところや様子を変えた草花から、夏だと納得させられる。季節の境界というのはいつも曖昧なものだから、ふと気づくころには次の季節がやってきていることが多い。惜しむ暇もなく季節は次々と訪れ、ぼくたちを押し流していく。誰もそれに抗うことはできない。僕なんかは抵抗しようとすら思わないけど。

 こんなに朝早くなのに、電車はその予定を少しも乱すことなく動き続けている。電車として生を受けなくてよかった。朝から晩まで自分のスケジュールが決まっている生活なんて少しも想像できないし楽しめそうもない。生まれ変わるなら猫がいい。彼らには、首輪はあってもリードはない。自由気ままな一日を積み重ねて一生を終える。飼い猫でも野良でもいい。そこに確かに存在する猫としての精神性が大切なのだ。

 朝からあてもなくこの街を歩いたので、もう随分と日が高くなっていた。ほとんど南中した太陽を遮るものが近くになかったために、僕はその光に全身をさらすこととなった。日の光を浴びるのは大切だと主治医も言っていたけれど、この季節に長時間そうしていればたちまち体調を崩してしまうだろう。何事も適量に適切に、自身の気分を見計らって行うのが良い。常に自分のことがよくわかるとは限らないけれど。

 段々と涼しさが恋しくなってきた。太陽から逃げるように日陰を選んで歩き、複雑な路地を抜け、我が家があろうという方向へ進んでいく。住宅に囲まれた小道はどれも似た景色をしていて迷路みたいだなと思う。気を抜けば、自分がどの方角に向かって歩いているか忘れてしまいそうだ。幸いなことに我が家の裏手に生えている大きな木はここからでも確認できるから、迷子になることはないだろう。

 その木に近づいたり遠ざかったりしながら、ゆっくり歩を進める。家に帰ったらまずシャワーを浴びよう。体中の汗を流してさっぱりしたい。そうしたら、冷凍庫の中のアイスクリームを食べる。よく冷やした部屋で、ゆっくりと休む。今日はあまり眠れなかったから、昼寝をしてしまうかもしれない。それもいい。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で見る夢が、快いものであることを願っている。

 

 


僕を助けられるボタン