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嘘日記、12/30

 僕は今年も、年内最後の日記をどうしようか悩んでいた。昨年末もまったく同じことで悩んでいた気がする。「結局年末だというのに日記に書くようなことが何も起きないなあ」って。

 というわけで、昨年の僕に倣って隣人の元に赴くことにした。彼には今年も一年お世話になったし、今からさらにお世話になれば書くことだって見つかるかもと思ったからだ。

 いつもと同じようにノックもせず彼の部屋に入る。彼はいつも通り部屋の隅の机の前に座っていてなにか本を読んでいた。白いカバーが掛かっていたからタイトルは分からなかったけど、きっと小説を読んでいるのだと思う。僕の足音を聞いた彼は栞を丁寧に本の間に挟み、こちらに顔を向けた。

「やあ松本くん、こんにちは」
「やあねこさん、こんにちは」

 普段通りの挨拶をしてから僕は彼のベッドに腰を下ろした。

「今日僕がここに来たのは他でもなく、当然日記のネタが思い浮かばなかったからだよ」
「そうだと思った」
「去年の終わりも助けてもらったのに面目ない。今年も書くことが思い浮かばなくってさ」
「それは大変だ」
「あまり大変そうだと思ってないね」
「いやいや、すごく大変そうだと思っているよ」
「ほんとかなあ」

 気の抜けた僕の返事を聞いて彼は楽しそうに笑っている。それにつられて僕も笑った。日記を書くことなんかやめて、このまま彼と年末年始の予定についてでも語り合おうかなと思った。僕がベッドへ仰向けに倒れ込むと、視界の端で彼が部屋の窓に近づくのを捉えた。彼はわくわくが隠しきれないという顔でこちらを見て、緑色のカーテンをすっと引いた。

 窓枠から見えるそこは雪国であった。部屋の隅まで光が満ちた。いや、本当にびっくりするくらい雪が積もっていた。さっきまで1センチたりとも積もっていなかったのに。

「これも君がやったの」

 僕が聞いてもねこはなにも答えず、外に遊びに行こうよと言った。

 誰の足跡もない雪原をさくさく音を立てながら歩いていく。不思議と冷たい感じはしなくて、澄んだ空気のことだけを感じていた。少しだけ走って、思いっきり雪に倒れ込んで、空に向かって雪玉を放り投げたりした。

「すごい、すごい!」

 僕は犬もかくやというほどはしゃぎまわり、自身の軌跡をそこら中に残した。そんな僕を見ながらねこは「君が楽しそうでよかった」と言った。一年間ずっと彼には楽しませてもらいっぱなしだなと思った。

 たくさん雪で遊んだあと、木造アパートの目の前に二人でかまくらを作った。僕たちが入るだけでいっぱいになるくらいの小さな小さなやつだ。でもそこに入るだけですごく暖かい感じがした。少しだけあいた入口に切り取られた外の景色を見て、今年も楽しかったなと思った。そうしたら隣から「来年もきっと楽しいよ」と聞こえた。ねこがにこにこ笑っていた。

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