見出し画像

カマキリ

今朝、散歩から帰ってきたら庭でカマキリを見つけた。この前も網戸にいたやつかな。

毎年、一匹は庭で見かける。うちの庭で生まれ育ったんだろうか。そうだったらいいなと思う。

今、夜は虫が鳴いている。コオロギとか、かな。どこからかやって来たのか、うちの庭で生まれたのかはわからないけれど、庭で鳴いている。

セミの時期はほぼ終わりだけれど、セミの抜け殻を庭で見つけると、うちの庭の土の中に幼虫がいるんだなと思う。

うちの庭が小さな村になっているって、ステキなことだよなって思う。庭の小さな村の中で生き物が生まれ、死んでゆくって。

今朝の散歩カメラは K-3Ⅲで、レンズは SIGMA 30mm F1.4 。AF のモードを変更しながらどれが自分に、そしてこのレンズにマッチしているのかを探ってみようってことで。

AF のモードでも、AF-S なのか AF-C なのか、フォーカスポイントはどうするのか、これまであんまり深く考えずに昔ながらのやり方でやっていた。

これからの楽しみにしようかなと思っている。今さらながら、なんだけど。

そんなことも知らんかったんか、ということがたくさんあると思う。井の中の蛙だから。
この村で生まれて育って、働いている。村の人相手に仕事をしてるってことになる。

狭い業界で、独立開業しているから、閉ざされた社会で暮らしているなあと思う。

幸いにしてやってきてくれるお客さんがいるからその人たちの求めに応じてできる範囲のことをやらせてもらっている。求めに応じることができないこともあるし、違うなとよそに行かれる方もいる。

上司がいないので叱られることもなく、自分のやり方で好きなようにやっている。批判の声を直接浴びせられることがほとんどない。

井の中の蛙になる。

大海に出ることはこれから先もないだろう。でも、広い海があって、そこではこんなことが繰り広げられているってことはある程度知っておいたほうがいいかなと思っている。

広い海ではなく、小さな村にある池で、のんびり暮らしていきたいと思う。

求められても、応えられないことには無理して応じない。できもしないのに引き受けない。
でも、やれそうなことなら、がんばってみたいと思う。

がんばってみて、だめだったら、あきらめよう。
でも、期待を裏切るのは、早いほうがいいかもしれない。

自分の芯を曲げてまで、求めに応じるのはしたくない。

立派な肩書も経歴もないからこそ見栄を張らずに生きていける。
気楽なもんである。

断れない立場の人って、たいへんだろうなあ。できないことややりたくないことをやりますって言わないといけないのはあまりにストレスフルだ。
多くの人たちはそういうストレスを抱えながら働いているのかなと想像している。知らんけど。

うちの庭で生まれたカマキリが、ここ居心地いいなあって思って一生ここで過ごしてくれたら、オレはうれしい。
できることならカマキリを守ってやりたい。そして、また来年、子カマキリが生まれてくれることを期待する。

もしこいつがよそからやってきたヤツだとしても、よくうちの庭に来てくれたと歓迎する。

気に入ってくれたらここで暮らしてね。

うちに来てくれた人の求めに応えることができるように、自分の持ってる最大限のことをする。

求めとオレが合わなければ、それまで。

それでいいと思っている。

虫が住むわが家の庭でカマキリが獲物求めて草むらをゆく

SIGMA 30mm F1.4 DC / PENTAX K-3Ⅲ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?