Curse Of Halloween 8話③

目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていた。
ぼんやりしたまま、ゆっくりと身体を起こした。
窓の外は明るく、小鳥が歌っている。
サイドテーブルには着替えが置かれていた。
今着用している服は男性用の下着とYシャツ。
着替えを手に取ると女性用で統一されていた。
えぇと、確か昨晩……
すると扉からノックの音が響いてきた。
「ウルフェルです。起きていますか?入りますよ。」
返事を躊躇っていると、カチャッと音を立て扉が開かれた。
「おや、まだお休み中でしたか。」
咄嗟に布団の中に潜ってしまった。
もう、あの場所ではないのに……
不意に布団の上に何かが触れる。
「もし、どこか具合が悪いようでしたら、隠さず話してくださいね。起きられそうでしたら食事を用意していますので、食堂へいらしてください。」
布団の上の何かが離れたと思うと、サイドテーブルから水音が聞こえ、部屋を後にした。
布団から顔を出し部屋から足音が遠ざかったことを確認すると、ようやっと起き上がり、ベッドの淵に座った。
五体満足、手首足首には薬が塗られたような湿り気が残っている。
ベッドから立ち上がり、サイドテーブルに置かれたコップの水を一口飲んで、Yシャツを脱ぎ、下着を脱ぐ。
自分の身体を確認し、軽くため息を吐きつつ、着替えを済ませる。
用意されていた衣服はシンプルで落ち着きのあるボーイッシュなショートパンツスタイルだった。

食堂に来いと言われたものの、それがどこだか把握しておらず、あちこち探索することにした。
隣の角部屋は鍵が閉まっていた。
反対隣の部屋はウルフェルの臭いがした。
その奥の二つの部屋はまた鍵が閉まっていた。
この通路にはもう部屋は無いようだが、中庭には別の小さな建物があるが、その向こうには屋敷が続いており、また別の部屋があると廊下の窓越しに様子が伺えた。
中庭の小さな建物は本館より後に作られたのか、少し新しい色合いで見覚えも無かった。
階段を半分下りて踊り場を経て、玄関ホールの方向へ下りず、向かいの半分を上る。
玄関を中心に左右対称の造りになっていることは微かに覚えていた。
向かって右側の二つの部屋もまた施錠されていた。
続く三部屋は誰かの臭いがし、気配はなさそうだが開けることは控えた。
最後に一番奥、昨日も来たアーヴァエが借りている部屋だ。
起きているだろうか……それともまだ……
ドアノブに手を掛けようとしたその時、微かにだが近くを何かが走る音が聞こえ、手を引っ込めた。
振り返ってみても誰もいない。
「だ、誰かいるんですか……?」
声を掛けてみたが返事は無く、足音もしなくなった。
気のせいだろうか……
扉の方へ向き直り、深呼吸を挟んでもう一度ドアノブに手を掛けようと手を伸ばした。
すると今度は背後から女性の悲鳴と何かが割れる音がした。
振り返るとロングのメイド服を着たピンク髪の女性が水浸しになっていた。
その女性の近くには冠水瓶だったであろうガラス片が散らばっている。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、はっはい、大丈夫、です……うぅ……またやっちゃいました……」
咄嗟に駆け寄り手を差し伸べると、女性は顔を上げ手を取り立ち上がる。
「ケガはないですか?何か拭くものを……」
「あ、あの、本当に大丈夫ですので!お、お客様にそんなご迷惑をお掛けするわけには……」
「とりあえず食堂に行きましょう。案内を願いできますか?」
「あ、はい、食堂までは案内できますが……」
「ではお願いします。御師匠に聞けば大丈夫です。」
師匠とは、と疑問を抱いたまま、ムーナはマハナを食堂へ案内した。

「……事情はわかりました。ムーナは慣れていると思いますが、怪我がないようでしたらそのまま後片付けをお願いします。片付け中の怪我にも十分気を付けてください。」
「わ、わかりました!」
ムーナは慌ただしく掃除道具を持ち出し、片付けへ向かった。
「マハナは体調に問題が無ければ、食後に改めて屋敷内を案内します。マハナは今のところまだ客人なので、余計なことは気にせずなるべく大人しくしてください。」
「すみません……。あ、あの、昨晩は寝てしまって覚えてないんですが、あの後どうなりましたか?」
「恐れながら、私がベッドまで運びました。」
「そ、そうでしたか、お手数をおかけしました……。あの、やはりムーナさんの片付けを手伝っても……?」
「客人にはお願いできません。どうしても手伝いたいのであれば御嬢に住人として認めてもらうことが必須です。」
「住人、ですか……アーヴァエは住人なのですか?」
「そうですね。アーヴァエは身元不明だったこともあり、この屋敷で預かるつもりでしょうから、住人として認められているでしょう。」
「もし、ボクがアーヴァエを連れてこの屋敷を出て行く、となったら?」
「現状ではおそらく不可能かと思います。マハナは出て行けるかもしれませんが、アーヴァエは出られないかと。」
「出られない、というのは?買い物とか外出は出来たんですよね?」
「御嬢が許可を出しましたからね。」
「昨日は外に出てフリークショーのカラスに捕まったんですよね?」
「あれは例外でしょうね。何か暗示や催眠術にかかっていた可能性があります。」
「……じゃあ、外へ出るように暗示をかければ、アーヴァエと外に出られるんですか?」
「暗示はそう安易にかけられませんし、外に出たところで今のお二人ではまたフリークショーや闇市等の悪人に捕まるでしょうね。」
「今のままだったら、でしょ?師匠に修行してもらって強くなれば、アーヴァエと……」
「二人で暮らしていけますか?」
「強くなればできます!!」
「……そうですか。強くなれると良いですね。さて、食事はもうよろしいですか?」
「あ、はい!ごちそうさまでした。ではさっそく修行を!!」
「屋敷の案内が先です。余計な部屋に入られては困りますので。」
ピシャリと返すウルフェルは手早く皿を片付け、マハナに屋敷の案内を始めた。

屋敷は二階建てで、一階には食堂や応接室、大浴場など共有のスペースがあり、二階には住人と客人それぞれの個室がある。
これはマハナも見覚えのある造りだった。
マハナとアーヴァエを引き取った両親が、この屋敷の前の姿である孤児院に時々連れて来ていたからだ。
孤児院だった時は一つの部屋に四人から六人が寝起きしていた。
階段で左右に分かれているのは男女を分けるためだと、記憶の片隅に覚えている。
子供はまだバース性が判明していないから、そういった区別になっていたのだろう。
現在は階段から左がα、右がβとΩという区別になっていた。
屋敷の所々に背比べの傷跡や消しきれなかった落書きなど、子供の面影が残っていた。
でもその孤児院も、ボクの記憶に残っていたせいで……
マハナは胸の奥がギュゥッと締め付けられる様な想いに眉をひそめた。
「大まかな屋敷内の案内は以上です。二階は無闇矢鱈にうろつかないでください。良いですね?」
「あ、はい、わかりました。」
「……どこか気になる事でも?」
「……あの、一度アーヴァエに会わせてもらえませんか?」
「心配かと思いますが先ほどのメイドが世話をしていますので、ヴァン……昨晩の医者から言われた通り今は安静にすべきかと。」
「そ、そうですか……わかりました。あ、次は外ですか?」
「そうですね。庭もご案内しましょう。家庭菜園があります。」
「畑があるのですね!?花も野菜も好きなので楽しみです!」
「それは良かった。では、こちらです。」
玄関から外に出て少し歩くと、ウルフェルが言った通りに家庭菜園があった。
その畑には黙々と手入れを行う一人の男がいた。


* * *

6月19日(3週目)更新分です。
すkkkっかり遅くなりました。
5月の5週目分の更新も含めて「ホンマにコレでエエんか?」な時期に入ってます。
いや、それはいつも通りと言えばいつも通りですが……
暑い日がまだまだ続きますが、体調には気を付けつつ更新急がねばなぁ。

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