Curse Of Halloween 7話④

ベッド上で静かに眠ったまま目を覚まさないリスノワール。
その横には不安そうな表情を浮かべるマハナが座っていた。
ムーナから治療が終えた知らせを受け、応接室から3人はリスノワールの部屋へ来ていた。
「子猫ちゃんの処置はなんとか完了したけど、あとは本人次第だね。目を覚ましたとしても別の後遺症が現れている可能性もある。現状できる限りのことはしたけど、それは覚悟しておいてほしい。」
ベッドから少し離れた窓際の椅子で夜風に当たりながらぐったりと力無く座るヴァンが告げた。
「お疲れさん。やっぱり、ただのヒートじゃなかったか。」
御嬢から労いの言葉をかけられた。
「そーね。殆どのネコ科がキマるマビタタの濃縮エキスに、恐らくエンゲルトルンパのエキスも含まれていたっぽい。そこの犬くんならフェロモンと違う甘い匂いを感じてたんじゃないか?」
「えぇそうですね。薬品の一種かと思っていましたが、植物を配合されてましたか。」

「あ、あの、マビタタは知ってるんですけど、エンゲルンパ?というのは一体……?」
おずおずとベッドサイドからマハナが問うと、ヴァンがふわふわとした声で答える。
「『エンゲルトルンパ』ね。別名『天使の呼び笛』。危険薬草の一つだよ~。下向きに黄色く長く伸びた花が咲いて、甘い香りもして可愛らしいんだけど、根、茎、葉、花、種、どこを取っても毒がある怖~い植物さ。その毒に幻覚作用があって、花の甘い香りは無毒だけど、その香りに誘われて少し触っただけで変なモノが見えちゃうから、絶対に近寄らないのが正解だよ~。ちなみにこの植物を扱うには、お偉いさんの許可とかいろいろ必要なんだよね~。」
「じゃあ、アーヴァエがかけられた香水みたいな物の中にはマビタタのエキスと、その危険薬草のエキスが入っていた、ということですか?」
「そういうこと~」
「幻覚って、具体的にはどんなものが見えるんですか?」
「それは人それぞれだね~。楽しい夢かもしれないし、はたまた悪夢かもしれない。」
はぁ、とため息を吐き、静かに続ける。
「……まぁ、酷なことを言うようだけど、今回の子猫ちゃんの場合だと後者だろうね。マビタタの興奮作用にヒート誘発剤。そこに相乗した悪夢の可能性が高いかな……。後遺症は身体だけでなく精神にも現れる場合がある。身体なら薬やリハビリで時間をかければ回復するけど、精神はマシには出来ても完治できるかは不明だ。大丈夫だって言ってやりたいけど、医者としては軽率に曖昧な期待を持たせたくないんでね。」
「女をナンパする時は軽率に膨大な期待を持たせてるクセにな。」
「女の子のためなら俺がエンゲルトルンパになるよ~」
「どこが”ため”なんですか。医者の知識マウントは理解に苦しみますね。」
ヴァンの冗談にウルフェルが噛みつく。
「胡散臭いが医者としてはまともなヤツだからな。それがまたムカつく。」
「エカちゃんに褒めてもらえて光栄だね。」
大人達の会話を見たマハナは首を傾げるだけだった。

「そういやマハナは大丈夫なのか?どっか身体が痛いとかねぇのか?」
「えっ?あ、そうですね……拘束されていたので、拘束具が当たっていた場所に掠り傷がある事と……いえ、それくらいですね。」
突然話を振られて驚きつつ、マハナは自分の身体を確認した。
「よし、ウルフェル、こいつを大浴場で洗って来い。」
「かしこまりました。失礼します。」
「えっ!?ま、まって!わわっ!!」
御嬢の指示に従い、ウルフェルはマハナを抱えて部屋を後にした。

リスノワールはまだ静かに眠っている。
「あれれ~?エカちゃんそんなに俺と二人っきりになりたかったの?それならそうとはy」
「ベッドの患者が見えてねえのかよ。ただマハナが臭かっただけだ。」
「ホントにそれだけ~?部屋もまだまだ空いてるんでしょ?」
「ラブホなら他を当たれ。それとも、今すぐアタシに抱かれてぇのか?」
「それはそれで興味あるけど、今回はやめておきます。」
「まぁ、リスノワールの”治療代”はアタシが支払う。マハナも治療の必要があればそっちもだ。一括が良いか?」
「いくらエカちゃんでも一括だと干からびちゃうから、二回か三回くらいの分割で良いよ~。子猫くんは様子見だね。」
「わかった。支払いの準備が出来たら言ってくれ。あたしはいつでも構わん。」
「あ、じゃあ今1回目貰っていい?実はすごくピンチなんだよね~。」
「しゃーねぇな……ほらよ。」
「あざっす!では遠慮なく頂きます!」

「さぁマハナさん、服を脱いでください。」
「嫌です、お断りします。」
リスノワールの部屋を抜けたマハナとウルフェルは口論になっていた。
「服を着たままではお風呂に入れないことくらい、あなたにもわかるでしょう?」
「それくらいわかってます。」
「ではなぜ脱がないのです?ここは脱衣所で、その扉の向こうは大浴場、プールのように大きな浴槽があります。とても楽しいですよ?」
「それはなんとなくわかりますけど……なぜウルフェルさんも一緒に入ることになるんですか?お風呂くらい一人で入れます。」
「御嬢からあなたを洗うよう指示がありましたので。」
ウルフェルの回答にいまいち納得がいかない様子だった。
「あの、気になってたんですけど、どうしてウルフェルさんはαなのに同じαのエカテリーナさんの召使をしているんですか?」
「そうですね……お答えしても構いませんが、それは大浴場の中でゆっくりお話ししましょう。さぁ、脱いでください。それとも、アーヴァエさんが目を覚ました時、汚れたままの姿でご挨拶するおつもりですか?」
「……それも嫌ですけど……」
「まだ何か不満でも?」
何度も入浴を促すが、マハナは何かが引っかかるように渋り続ける。
「……あっ、そうだ。大浴場って広いんですよね?」
「えぇ、そうですね。」
「それなら……」
マハナの全身を白い毛が覆い、白い猫へと獣化した。
「これなら服を脱がなくてもお風呂に入れます。」
確かに獣化してしまえば全裸と言えば全裸だ。
しかし、全身を長い毛で覆っている状態であり……
「おや、案外大きいですね?リスノ……アーヴァエさんはまだ子猫のようでしたが……。」
「アーヴァエは例の研究の影響で猫型の時の成長がかなり遅れているらしいです。ボクはほぼ成猫と変わりありません。」
「なるほど、承知しました。猫型でのご入浴でよろしいですね?」
マハナははいと短く返事をした。
「かしこまりました。くれぐれも後悔なさらぬように。では大浴場へ参りますか。」
ウルフェルは燕尾ジャケットと履物を脱ぎ、マハナを抱えて大浴室の扉を開けた。

「ごちそうさまでした。」
「おい、いつもより多くねぇか?ぼったくりか?」
脚を組んで椅子に座る御嬢の眉間にはシワが寄っていた。
「ゴメン、勢い余っちゃった☆すぐ綺麗にするから、ちょっと待ってね。」
御嬢の左腕に取り付けられた管が外された。
ヴァンは先ほどまでのぐったりした様子は微塵も残っておらず、ゴキゲンな様子で片づけをしていた。
まったく、と深くため息が漏れる。
「まぁまぁ……あ、一応貧血対策にコレ飲んでおいてね。」
ヴァンから手渡されたサプリメントと水を流し込む間に、左腕に手早くガーゼが貼られた。
「……あのさ、お節介かもしれないけど、前にも言ったの覚えてる?子猫ちゃんのお世話がツラかったらオレの病院で預かるよ?Ωな上に、悪質な実験を受けて心身共に不安定すぎるし、本当は今すぐ入院させるべきなんだけど……。」
「アンタの腕も同僚たちも疑うワケじゃねぇけど、リスノワールはウチで面倒を見る。アンタには何度も足を運ばせることになって申し訳ないけど、あたしにはリスノワールが必要なんだ。」
「それは魔女だから?それとも子猫ちゃんがΩだから?それとも、同情的なもの?」
「さぁな、それは教えてやれん。」
「そっか……まぁ、エカちゃんの事だから何か理由はあるんだろうけど、医者としては入院させてしっかり治療に集中させたいレベルってことだけは頭に入れといてね。あと、オレは何度でもここに来るけど、夜しか対応できないことも忘れずに。できれば昼間も対応してくれる医者か医療魔法が使える回復系魔術師が居てくれた方が良いよ。」
「回復系魔術師、な……居なくもねぇけど、やや問題アリなんだよな……」
「Ωを狙ってるとか?」
「んや、それは無いと思うが……」
「じゃあ、とりあえず声だけでもかけてみれば?」
御嬢はポリポリと頭を掻きながら続ける。
「事情を話せばわかってくれるだろうが、返事はこう返ってくるだろうな…… ”あら!良いじゃない!!まるで__


第7話『猫の子を貰ったよう』

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5月22日分の更新になります。
29日分は5月の5週目なので、今後予定している話数の調整のために番外編でも載せようと考えておりましたが、本編で脳がバグり散らかしててそれどころじゃないですね。
主要キャラの設定とかラフ画とか……?

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