Curse Of Halloween 7話②

「思い出した。ダイクロイックアイだ。」
御嬢の回答にマハナは驚きのあまり、咄嗟に言葉が出なかった。
「ダイ、クロ……?あの、鏡はありますか?」
御嬢が壁掛けの鏡を指差すと、マハナは駆け寄り確認した。
左右それぞれの虹彩は、外側が黄色で内側が青色だった。
「……そっか……こうなってたんですね……ありがとうございます。ようやっとわかりました。」
マハナは落ち着いて納得した様子だった。
「何かあったのか?」
「はい……色んな仕打ちを受けましたが、目だけは慎重に守られていました。希少価値、というやつですかね。」
「繁殖がダメだった時の保険だな。猫人族のαでダイクロイックアイってだけで、この屋敷と同じくらいの値段だろうな。Ωなら周りの森が付いてきそうだ。」
「そ、そんなに……」
「まぁお二人に価値があろうとなかろうと、御嬢はこのお屋敷に招いたでしょうね。」
「悪ぃかよ?」
「いえ、全く。」
マハナは首を傾げた。

「で?そんな高価な猫人族が、なんでまたあんなフリークショーの檻に入ってたんだ?リスノワール……アーヴァエは操られたように急に屋敷を飛び出して誘拐されたんだが……」
マハナは椅子に座り直し、話を続けた。
「脱線しちゃいましたね。それから続いてアーヴァエの唾液に治癒以外の能力が無いかの研究が始まりました。おそらくエカテリーナさんの言う快楽主義の人だと思います。そこの悪い男が一人突然部屋に入ってきて、ボクだけ身動きが取れないようロープで拘束した後……その……ボクたちの目の前で着ていた服を全て脱ぎ捨てて……その男の……ソレ、をわざと傷つけて出血させました。暗示に掛かっているアーヴァエはソレを少しずつ舐めていましたが、男はソレをアーヴァエの口の中に押し込みました。アーヴァエは目に涙を浮かべ、むせ返るほど苦しそうでしたが、男は構わず腰を振っていました。」
二人は眉間にシワを寄せながら静かに聞いていた。
「その光景を見る事しかできないボクは悔しくて、もどかしくて、頭がおかしくなるほど無我夢中で叫んで、その男に敵意を向けました。すると次の瞬間、汚い笑みを浮かべた男の頭が床に転がっていました。暫くして胴体側も床に倒れ、血の海が出来ていました。アーヴァエは驚いて逃げながら猫化し、部屋の隅で小さく怯えてました。あまりの血の量に治癒するという暗示より恐怖が勝ったのか、治癒しても意味がないと悟ったのかはわかりませんが……それからボクはどうにか男のズボンからナイフを取り出してロープを切り、震えるアーヴァエを抱きしめました。少し気持ちが落ち着いてきたので、男の持ち物やドアを確認し、ボクが男の服を着て懐にアーヴァエを隠して抜け出しました。」
「なかなか優秀な判断力ですね。ですが、部屋から逃げられても施設からは相当難しいのでは?」
「はい。まずボクたちは自分たちの部屋といくつかの実験室というごく一部しか知らなかったので、案の定、広い施設で闇雲に走って迷子になりました。すぐに監視カメラで見つかってしまい、ひとまず目の前の暗い部屋に隠れました。足音が遠のいたので、部屋を探索したところ、運よく配送管理室だったので、大きな箱にアーヴァエを入れ、目についた宛先に送るよう設定しました。ボクも別の箱を用意し、アーヴァエの近くの宛先にしました。」
「それで到着したのがあたしの屋敷だった、と……エルフの件で場所が残ってたのか。」
「おそらくそうですね。このお屋敷に届いたのがアーヴァエで良かったです。ボクはその近くの宛先、さっきのフリークショーに届いてしまったので……」
「よくご無事でしたね。」
「ショーに届いたらすぐ檻に入れられました。でも人間サイズの大きな檻だったので、獣化で小さくなって隙間から抜け出したんですけど、そこのカラスに捕まってしまいました。」
そう指差した先には、御嬢が手にしている袋の中のカラスがいた。
「焼き鳥にするか?」
「捜索能力は高そうなのですが……惜しいですね。」
「確かにな。軽く調べてからにするか。」
「一命をとりとめましたね。」
袋の中のカラスは小刻みに震えていた。

「一応、ザックリとした生い立ちはこんな感じです。」
「なるほど。だいたいは把握できた。ありがとう。」
「あの、アーヴァエの事をリスノワール?と呼んでいるのはなぜでしょうか?」
「あぁ、ココに来る前から記憶がねぇらしいのよ。しかも喋られねぇから、あたしがそう名付けた。」
「そうでしたか……口数はもとから少ない性格でしたが、一切話せない事はなかったですね……記憶喪失もボクにはさっぱり……」
「お二人とも、施設で発情されたことは?」
「別室で実験されることもありましたが、アーヴァエはそんな素振りを見せませんでしたね。ボクはアーヴァエを兄弟と思っているので、兄弟に発情だなんて、そんなやましいことは考えません。」
「兄弟っつってるが、少なくともマハナは孤児院にいて、アーヴァエといつから一緒だったか不明なら、血が繋がっていない可能性もあるんだろ?特に兄弟でαとΩが同時に生まれることはほぼ無い。人間の両親が別の孤児院から引き取っている可能性だってある。」
「そ、それは……確かにあり得ますけど……それでもアーヴァエはボクにとって兄弟なんです。」
「まぁそれでも良いか。血縁関係があるかどうか知りたきゃ、今アーヴァエを診てる医者に頼めばわかる。」
「そういえばアーヴァエは無事なんでしょうか?あの様子が発情、ヒートという状態なんですよね?」
「そうですね。施設でいう繁殖行為をしたくてたまらない状態になります。繁殖を望まない場合は早めに薬を投与して抑制させるのが一般的です。ただ、今回はさっきの仮面の男に謎の香水のようなものを振り掛けられていました。それもあってヒート状態が本来より強く長引いているようです。元々身体が弱い上に変化すら不安定であれば、普通のヒート以上の負担になるでしょうね。」
「まぁ医者が診てるから、そろそろ落ち着いていると思うが……」
「あの甘い匂い……施設からこっちに運ばれてくる途中でも匂いました。もしかして、箱の中で……」
「箱の中でヒートを起こして薬も介助も無ければ、相当な負担……そこで記憶と言葉を失った可能性があるな。」
「そんな……ボクは間違ってたのかな……」
「本当に間違いだと思うか?」
俯いていたマハナの顔が上がる。
「あの施設に居たくなかったんだろ?しかもその嫌な記憶も残ってないなら、それはそれで幸せだと思うがな。あんたは覚えてるからツラいかもしれねぇが、これからはあんたも隣に居てやれるんだし。」
「……それもそう、ですね。これからはもう、ツラくないんですよね……あっ……」
マハナは少しつらそうに笑みを浮かべた。
「ボクらを助けてくれて、ありがとうございます。」
青と黄色のダイクロイックアイが潤んだ。


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5月8日更新分です。
会話パートはキャラが喋ってくれるので助かる。

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