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反論する

 続いて、反論する練習です。意見(主張)と理由(根拠)と反論をそれぞれ1行で書いて、そのセットを3セット挙げてみてください。行数は全部で3×3=9行になります。

反論する

 上左図のように1つの意見(主張)に3つの理由(根拠)を挙げて、それぞれに反論するパターンでもいいですし、上中図のように、あるテーマに対して3つの異なる意見(主張)を挙げて、それぞれを支持する理由(根拠)を挙げるパターンでも結構です。また、それらをミックスしたパターン、つまり上右図のようなものでも構いません。とにかく3セット挙げてください。
 テーマとしては「理由を3つ挙げる」でやったのと同じものを選んでもいいでしょう。そこで挙げた3つの理由のそれぞれに、いちいち反論するというスタイルです。

 さて、ここでは「福島第一原発事故の損害賠償」について考えてみましょう。

原発事故の損害を誰が負うべきか?
意見と理由と反論のセットを、3セット挙げてみよう。

 2011年3月に起きた福島第一原子力発電所の事故に伴う損害額は数兆円に上ると言われています。その損害は誰かが負担しなければならないものです。さて、誰が負うべきなのでしょう?
 真っ先に思い浮かぶのは、東電(東京電力)でしょう。実際、損害賠償をしています。でも、全部ではありません。国も一部負担しています。全く補償されていないものもあります。国が負担するというのは、結局は国民が負担するということです。それをさらに分けることもできます。増税で負担するなら現役世代が負担するということですし、国債を発行するなら将来世代が負担することになります。また、全く補償されていないものについては、被災者自身が損害を負っているということでしょう。
 現に負担している人や組織は他にもあります。事故発生当初は、他にもいろんな案が持ち上がりました。さて、それらの人や組織が負担しなければならないということは、それぞれの考え方・根拠があるはずです。そして、その考え方・根拠には反論が想定できます。
 ところで、実はその件を、ウチの学校の定期試験に出しました。事故が起きたのは2011年の3月でしたが、試験に出したのはその年の7月です。東日本大震災が起きてまだ間もない頃で、ちょうどそのころ、まさに「原発事故の損害を誰が負うべきか?」がマスコミ等でも話題になっていました。
 試験問題では「損害を負うべき人・組織」として、あらかじめ次の8つを挙げて、その中から3つを選んで「その考え方」と「それに対する反論」をそれぞれ1行で書かせました。そのとき挙げたのは次の8つです。

(A) 東京電力(事業者)
(B) 東京電力から電力を買う消費者(電気料金値上げ)
(C) 東京電力に融資している金融機関(債権の放棄・棒引き)
(D) 原子力発電所を有する他の電力会社(沖縄電力以外の全電力会社)
(E) 現在の納税者(増税)
(F) 未来の納税者(赤字国債発行)
(G) 国家公務員(給与削減)
(H) 被害を受けた人・組織(泣き寝入り)

 では、解説にいきましょう。試験で生徒たちが書いた文章を基に、始めにダメな例を示します。
 まず、「根拠」の挙げ方のダメな(根拠になっていない)もの。「津波被害の復興にも多額のお金がかかるから」とか「国の財政が厳しいから」などを根拠に挙げている人もいましたが、これらは(A)~(H)のどの主張とも直接にはつながりません。
 余談ですが、そのころテレビでよく耳にしたフレーズがいろいろありました。1つは「絆(きずな)」です。またテレビ・コマーシャルでよく流れたのが「みんなで力を合わせて」のようなフレーズで、当時の政権与党であった民主党の政治家の口から出た「国民の理解を得られない」というセリフもテレビでよく耳にしました。試験で生徒たちが書いた文章をみると、そういうフレーズがけっこうありました。心意気は分かるのですが、これも(A)~(H)のどの主張とも直接にはつながりません。
 次に、「反論」の仕方のダメな(反論になっていない)もの。こういう場面で多いのは「異論」です。挙げた根拠にきちんと向かわないもの、たとえば、

(B)「東京電力から電力を買う消費者が負担するべきだ(電気料金値上げ)」という主張の
  根拠「受益者が負担するのが当然だ」に対して、
        ↑ 無関係
  「事故原因は東電のミスだから東電だけが負担するべきだ」と言う。

 こういうものは、たいてい異論になってしまいます。そして、それでは平行線にしかならないのでしたね。あるいは、

(H)「被害を受けた人・組織が負担するしかない」という主張の
  根拠「自然災害だから、誰にも賠償責任は無い」に対して、
        ↑ かみ合わない
  「それじゃ被災者がかわいそうだ」と言う。

 これも反論になっていません。相手の挙げた根拠とかみ合っていないからです。反論するのって意外と難しいでしょ。でも、きちんと反論すれば、視野が広がります。そして、思考が深まります。
 よい反論の仕方の例を示しましょう。

(A)「東京電力が損害を負うべきだ」という主張の
◇ 根拠「事故を起こした張本人だから」に対しては、
  「張本人は地震と津波だ」と反論し、
◇ 根拠「事故を起こした原子力発電所を運営していたのが東京電力だから」に対しては、
  「国策に従ってやってきたのだから、実質的な運営主体は国である」と反論し、
◇ 根拠「これまで原発を運転してきて大儲けしてきたから」に対しては、
  「大儲けしたのは、これまで電力を安い値段で買ってきた企業と家庭だ」と反論する。

 くれぐれも、否定することが反論じゃありません。いろんな視点を持ち寄って、論を支える根拠をチェックすることが反論です。勝ち負けを競う必要もありません。それをやってしまったら、せっかくの視野を広げ、思考を深めるチャンスが潰えます。
 他の文章例は以下をご覧ください。文章の稚拙さ・知識不足は勘弁いただくとして、形を見てください。

◇      ◇      ◇

◇意見:現在の納税者が負うべきだ。(増税)
 根拠:事故の責任は原発を推進してきた国(=国民)にある。
 反論:「絶対安全」と国民を欺いて進めた政策は、国民の意思によるものではない。
◇意見:未来の納税者が負うべきだ。(赤字国債発行)
 根拠:損害を賠償し復興を手助けすることは、未来に向けての投資である。
 反論:ゼロからの出発なら投資だが、マイナスからの出発は過去の尻拭いだ。
◇意見:被害を受けた住民が負うべきだ。(泣き寝入り)
 根拠:事故原因は地震と津波。自然災害だから、誰にも賠償責任は無い。
 反論:地震と津波は想定できた。対策もとらず原発を止めもしなかった者に責任あり。
◇意見:東京電力から電力を買う消費者が負うべきだ。(電気料金値上げ)
 根拠:受益者負担の原則に立てば、消費者が事故のリスクを負うべきだ。
 反論:事故後の消費者だけに負担させるのは受益者負担の原則に反する。
◇意見:東京電力に融資している金融機関が負うべきだ。(債権の放棄・棒引き)
 根拠:東電を倒産させるより、債権放棄する方が金融機関の負担は小さい。
 反論:原子力損害賠償法に定められた通りにやれば東電は倒産しない。
◇意見:原子力発電所を有する他の電力会社が負うべきだ。(沖縄電力以外の全電力会社)
 根拠:同じ事故リスクを抱えた者同士が支え合うのだから、お互い様だ。
 反論:すでに事故が起きてしまった現時点では、対等な立場ではない。
◇意見:国家公務員が負うべきだ。(給与削減)
 根拠:国民に尽くすのが公務員の務め。国民のために出来ることは何でもやれ。
 反論:給与は国民に尽くすことに対する報酬。それを差し出すのは本末転倒。

◇      ◇      ◇

自分の考えの作り方 〜 
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▷ 理由を3つあげる ┤      
▷ 反論する     ┴ ▷ 4段論法

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