見出し画像

技術が越えられない2つの物理法則

 エネルギーについての2つの法則があります。技術では乗り越えられない原理です。

熱力学の第一法則:エネルギーの総量は変わらない(エネルギー保存則)
熱力学の第二法則:エネルギーは一方向に移動する(エントロピー増大則)

 初めの法則はエネルギーの「」についての法則で、2つ目の法則はエネルギーの「」についての法則です。ここにエネルギーの本質があります。

エネルギーの「量」は変わらない

 10℃の水100gと90℃の水100gを混ぜると、(熱が逃げなければ)50℃の水200gができます。この場合、熱エネルギーの総量は変わりません。
 1mの高さから自由落下したボールが跳ね返る高さは、(現実には)1m未満です。これは、ボールが始めに持っていた位置エネルギーの一部が、空気の振動や床の熱に変換したからです。それらを合算すれば、エネルギーの総量はやっぱり変わらないことになります。
 ところでこの場合、変換したエネルギー(空気の振動や床の熱)は、実際にはまったく使うことが出来ません。エネルギーの量は変わらなくても、質が変わったからです。
 エネルギーには「量」と「質」の2つの観点があります。このうち「量」についての原理を述べたものが、熱力学の第一法則「エネルギー保存則」です。エネルギーが移り変わっても、エネルギーの総量は、増えることも減ることもなく、常に変わらないということです。

エネルギーは「質」が低くなる方向に移動する

 上に書いた2例で、エネルギーが逆方向に移動することは(通常は)ありません。50℃の水を10℃の水と90℃の水に分けることは(通常の方法では)できません。
 空気や床からボールにエネルギーが移動することも(普通は)ありません。エネルギーは、常に一方向に移動するものです(逆方向に移動させるためには、別のエネルギーを投入しなければなりません)。
 では、どの方向に移動するかというと、エネルギーは「質」が低くなる方向に移動するのです。他からエネルギーを投入しない限り、エネルギーは常に一方向に移動します。次の例も同じです。

・太陽の光は、地面に到達するとまたたく間に熱に変わります。
・運動する物体は、空気抵抗や摩擦などですぐにスピードが落ちます。
・電気は、その瞬間に使わなければ消えてなくなります。

 いずれもケースも「エネルギーの質が劣化した」もしくは「エネルギーが拡散した」といえます。逆方向に移動させるためには、別のエネルギーを投入しなければなりません。「使える」エネルギーは、だんだんと「使えない」エネルギーへと「一方向に」変わっていくのです。これが熱力学の第二法則「エントロピー増大則」です。
 エントロピーとは「乱雑さ」のことです。要するに、エネルギー密度の逆数だと考えてください。質が良いエネルギーはエントロピーが小さく、質が悪いエネルギーはエントロピーが大きくなります。ですから「エントロピーが常に増大する」というのは、エネルギーの質が劣化していくということです。

エネルギーの「質」を上げようとすると、必然的に使える「量」が減少する

 一般的には、電気エネルギー・運動エネルギー・位置エネルギーは質の高いエネルギーです。その次にあるのが、化学エネルギー。質が低いのは、熱エネルギーです。高温のものは比較的質が高く、低温になるほど質が低くなるといえます。
 では、エネルギーの質を上げることはできないのかというと、できないわけではありません。でも、良いことばかりではありません。エンジンで説明しましょう。エンジンは「燃料で加熱して、空気で冷やして・・・」を繰り返します。そうやってピストンを動かして、運動エネルギーに変えています。エンジンでは、冷やす行程が必要で、そのときに大量の熱エネルギーを放出します。つまり「質の低い熱エネルギーを大量に捨てる」ことで「少量の質の高い運動エネルギーを得ている」のです。言い方を変えると、「質の良いエネルギーを得るために、量を犠牲にしている」ということになります。
 このとき、エネルギーの総量は変わりません。これが熱力学の第一法則「エネルギー保存則」です。でも、少量の質の高い運動エネルギーを生み出す裏で、大量の質の低い熱エネルギーを放出しているので、全体で見ると、エントロピー(乱雑さ)は大きく増えています。つまり、エネルギーの質は全体として大きく下がっています。これが熱力学の第二法則「エントロピー増大則」で、どうやってもこの法則を乗り越えることはできないのです。
 電気を熱に変換すると、「使える量」はあまり変わりませんが、「質」は大きく下がります。熱を電気に変換すると、「質」が上がる代わりに、「使える量」が激減します。このように、エネルギーを変換すると、質か量かのどちらか、もしくは両方が大きく下がることになります。だから、変換効率は一定以上には上がらないし、手順が増えるとどんどん使えるエネルギーが減っていきます。

 科学・技術がエネルギー問題を解決してくれるだろうと考えるのは、もしかしたら危険です。これまで科学・技術が進歩してきたのは、エネルギーを消費することで成し遂げられたのであって、それとエネルギーを作ることはまったく別の話です。
 でも、新聞に載っていたりするんですよねぇ。「水素エネルギーの利用。原料は水だから無尽蔵で、CO2 を出さないからクリーン」だとか、「CO2 を固化する技術。これで地球温暖化問題は一気に解決」だとか。
 水を電気分解して水素を得ることはできますが、そこで得られるエネルギーは水を電気分解するのに要したエネルギーより少ないのですから、正味のエネルギー生産量はマイナスになります。大気中の二酸化炭素を固化することもできますが、そのために要するエネルギーは二酸化炭素を発生させながら得られたエネルギーよりはるかに大きいのですから、やらない方がマシです。
 これらがうまくいかないのは「1mの高さから自由落下したボールが1m以上跳ね返ることはない」のと同じくらい自明なのに、割とよく目にします。

◇      ◇      ◇

エネルギーのそもそも論 〜 
▷ 技術が越えられない2つの物理法則
▷ 現代文明は「石油文明」である  
▷ 自然エネルギーの正しい使い方  

この記事が参加している募集

物理がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?