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[毎週2000字ルーティン]一年前の話をしましょう。鑑定で心の重石が外れた話。

秋というには暑すぎる

私事なのですが、生まれた日が近づいてくるとこの一年何が出来たかしら、これからどうなっていくのかしらということを考える性質です。寒くなる頃に向けてあれこれじっと考えるのは生まれた時期が秋だからなんじゃないかとよく思います。パートナーは春生まれなので冬はひたすらに辛そうで、あったかくなるとばんざーいってなって活動的になっていくのも生まれた時から持っているサイクルなのかもと思ったりしています。

とにかく湿度が高くて、東南アジアに長くいた私としてはさようならしたはずのあの息を締め付けられるどんよりした空気に「は、まさか自分がバンコクにいるパラレルワールドに移動した?」とは思わないにしても調子が狂ってしまいがちです。そう感じてらっしゃる方がたくさんいらっしゃるように思います。世界的な気候の変化に個人的な憶測はあるのですが、それがよしんば正しかったとしてもそれを受け入れていくしかない、絶対的な属性が持っていた変化について意味することと自分のあり方をただ問い直すばかりです。

昨年の今頃から今日まで

去年は節目だったこともあり、誕生日に気になっている人の鑑定を受けました。3件受けたのですが、今年はお世話になってる先生だけにしようかと思いつつ、もうお一人、去年と同じ方にも予約を取ろうとしたら、どうやっても送信できない、挙げ句の果て予約申し込み画面が消えるということが時間をおいて何度も繰り返されるので「受けるなということね」と了解しました。ので、今年はルシエル先生の鑑定を受けてこの一年の在り方を改めてじっくりと思い起こしました。

ルシエル先生の事を知ったのはTwitterがきっかけだったのだと思うのですが、お写真のイメージで鑑定をお願いすると「あぁ、違う」という感じでした(良い意味で)。先にお話ししたように、私は特になんの悩みもなく節目だという理由で鑑定を受けたのですが、それでもルシエル先生には「今、自分に必要な話をしてもらえた」という気がしています。
星を見ながらその流れで自分の前世も踏まえて自分の本質的なあり方をご説明いただけたこと、それが元々やっていた職業と繋がっていたことなど自分にとっての「なぜ」が氷解していく時間でした。鑑定が一段落したときに「何か聞いてみたいことない〜?」と言われて1番の自分の謎だったことを迷いに迷ってうかがえたこと。誰に尋ねられるわけでもなく、自分で考え続けても全くわからなかった事に一つの「回答」を提示してもらえました。

なぜあの国だったのか

 私は17歳でとある東南アジアの国に留学しにいくのですが、それからずっと「恩返しをしないといけない」という義務感に駆られながら20年ほど関わり続けてきました。ついこの間まで、その「恩返ししなくちゃ」は強迫観念のようなものでしたが、「さぞ大事にされたのね」と読んでくださっている方はお想いになるでしょうが、全くそうではありません。
滞在先がお妾さんのお家だったことから始まり、側から見たらいいことなんて何もない、トラブルと不快なことがたくさんありました。ビジネスでぽしゃったことも一度や二度ではありませんでした。それでもそれが自分のアイデンティティであるかのように、彼の国に自分の人生を捧げていくことは一生続くと思っていました。
ある人に「君は彼の国をそれほどまでに愛しているのに、君は大事にされていないね」と何気なく言われたのです。
衝撃、の一言です。でもそのおかげで、まるでつきものが取れたように「どうしてこんなに一生懸命大事にしているんだろう」と我に帰ったのでした。

私に近しい人が一生懸命、いや必死すぎる私の姿を見て誰も言えなかった事を言われたことで、私は我に帰りました。ダメンズ好きから卒業したようなものですね。でも人生の多くを費やしてきた自分の思いや行動は一体どこからきたのか、目が覚めてから何年も何年も考えてきました。

納得いく答えに出会えた時

ルシエル先生に見てもらった詳細はプライベートなことで自分でもまだ消化できていない感じがするので公開は避けますが、前世の果たせぬ想いだったのだろう、ということでした。その果たせぬ思いを今生一生懸命果たそうと思ったのですが、やはり自分の居場所ではない。急に興味を逸した理由を「気が済んだんじゃないの?」ルシエル先生はそうおっしゃいました。ダメンズもそうですよね、テイクケアすることが日常になり、いつかハッと気がつく時というのは「私は十分に彼をテイクケアした、(でも幸せになれない)なら次に行こう」と別れを切り出す。
そういうことなのかもしれないと思いました。

愛を教えてもらった場所

私がそんなに彼の国に恩を感じていた(今生的に)のは理由があって、「愛」という概念を教えてもらえたからでした。殺伐とした家庭環境だったので、「大事にされる」とか「愛される」という実感や感覚を持てないまま、彼の国に旅立った自分にとって「ご飯食べた?」「しんどいの、大丈夫?」と声をかけてくれ、「この子はいいこ」と褒めてくれる大人がいる世界のおかげでささくれだった気持ちが本当に落ち着いたからだったのでした。その「愛」に私はもしかしたら執着していたのかもしれません。そして、彼の国を卒業できたのは、自分をめぐる「愛」の認識が昇華されていったから、次のレベルで考え、行動をする準備が整ったからだったのかもしれません。

拒絶から懐かしむ気持ちへ

ルシエル先生の鑑定で謎が解け、心身で硬直していたものが去年の誕生日を境に氷解しました。チャクラレベルで改善を感じるようになりました。ルシエル先生にお話を聞くまでは彼の国を拒絶する傾向がありましたが、それが解けてきました。過去の自分の仕事についても少し話したりできるようになったのもそのおかげだったりします。ずっと隠したい暗黒の数十年だと感じていたものが、ちょっと懐かしい感じの距離に近づきました。(とは言えまた行こうとはあまり思えませんが)

瞑想や真言も上座部仏教の実践ばかりしていた時期に体得したものが最上と頑なだったのですが、若い頃はちょっと苦手・・・と思っていたものも自然に取り入れられるようになったのも、魂が穏やかに柔らかくなった証左だと感じています。

そういう過去のしがらみが解けた1年、私の魂はずいぶん自由になったなと感じられるようになってきました。ルシエル先生と鑑定でお話していなければ、まだ同じところをぐるぐると回って、今持っている苦しささえもわからないでいたかもしれません。
客観的に自分の生まれた星を眺めてもらい、過去生での物語を伝えてもらうことで、わたくしにとってその物語は「真実」として吸収され、それがまた自分の今までやこれからを理解したり考えるための養分となっています。自由な魂は学びの先を求めて羽ばたけるんだと実感しています。50歳で生まれ変わろう、と決めてからの一年、上々なスタートを切っているのではないかなと思います。

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