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青森で詐欺被害に遭った話


師走っておもしろい言葉ですよね。

「師匠が走りまわるくらい忙しい時期」っていうのが由来ですもんね。ふだん何事にも落ち着き払っている師匠が袴をたくし上げてすり足で走るんですから、そりゃあもう、てんやわんやなワケで。

「師匠~!そっちじゃないです!こっちですこっち!あ~!やっぱりあっちですあっち~!早く早く~!し~しょ~~~!!!」なんて小坊主に言われてるワケで。腹立ちますねこの小坊主。

そんな師走の年の瀬に、読者のみなさんに啓蒙したいことがあります。


一体なにを啓蒙したいかと言いますと、実は僕、詐欺被害に遭ったんです。


年々、高度化・複雑化する詐欺の手口。これは決して対岸の火事ではないぞ、と。誰しも被害者になりうるぞ、と。みなさんに情報共有すべく筆を取りました。完全実録ルポです。少し長くなりますがお付き合いください。




あれは今年の8月ーーー。夏季休暇中の出来事でした。

大都市圏を襲った新型コロナウイルスによる三度のパンデミック。その最中、僕は旅行でひとり東北にいました。

(※念のため釈明しておきますと、当時は緊急事態宣言が出る前で、僕の住む兵庫県姫路市はまん防対象外。なおかつ東北地方は新規感染者がほぼいない状態。推奨はされずとも国内の移動に制限はありませんでした。)


無趣味でノンポリな僕の人生を彩るたったひとつライフワークがあるとすれば、それは一人旅です。

ハタチのとき、はじめてひとりで伊豆熱川へ旅行したのを皮切りに、毎年ゴールデンウィークや夏季休暇に国内旅行をするのが恒例となっていて、47都道府県制覇も目前のところまできています。はじめての一人旅は、温泉旅館でシャンパンを飲みながら高校一年生から5年間片思いしていた女の子にラブレターを書くという文豪のような目的がありましたが、今となってはそんな高尚な動機もなく、ただの観光旅行に成り下がっています。

みなさん一人旅はお好きですか。

一人旅が好きというと「一緒に行く人のいない寂しいヤツ」なんてレッテルを貼られるかもしれませんね。これは大きな誤解です。家族や友人、恋人、会社の同僚との旅行も楽しいでしょう。僕も経験がないわけではありません。

ただどうしても、誰かと行く旅は、その人たちとのコミュニケーションが一番の思い出になってしまいがち。それはそれでとても楽しいのですが、旅の真価はそこにはないと、僕なんかは考えるのです。なぜならば、旅のもっとも尊い点は、新しい景色を知ることだと思うから。そしていつかその旅を思い出すとき、旅先で見た風景、身を包んだ風、嗅いだ匂いを思い出すことに、もっとも価値があると最近になってわかり始めました。

一人旅が孤独だというのならば、孤独を愛せない人間に自分自身を愛することなんてできないのだと、そんなふうに思うのです。きっと本当の悲しみなんて、自分ひとりで癒すものなんだと。だから決して一人旅は寂しいものではありません。


つい熱っぽく語ってしまいました。このままだとMy Revolutionになってしまうので話を戻します。


今回の旅行は、未踏の地であった秋田・岩手・青森を5泊6日で一挙に巡ってしまおうという計画です。

旅の軌跡


1日目は夕方に地元の伊丹空港から秋田空港へ飛び、秋田市内で夜を過ごしました。地酒を飲みながら、きりたんぽや比内地鶏に舌鼓を打ち、ホテルに併設された天然温泉に癒されて眠りにつきました。

きりたんぽってはじめて食べたんですけど、見た目からしてちくわとか練り物の一種だと思っていました。お米なんですね。木こりが森で、こねた米を枝に巻きつけて焼いて食べたのが起源だとお店の人に教えてもらいました。

『踊る大捜査線』で室井さんが故郷のきりたんぽを青島刑事にいつか食べさせてやると言ってたくらいの印象しかなかったので驚きでした。こういう知識を得られるのも旅の醍醐味です。

太くて長いきりたんぽ


2日目は秋田県内の内陸部を南下して横手市で十文字ラーメンを食べました。横手市では十文字ラーメンというのがご当地グルメらしく、中でも代表的な「丸竹食堂」というお店で食べました。カツオ出汁のスープはかなり薄味で、まるでにゅうめんを食べているかのよう。濃い味のラーメンに慣れてしまっている人にはいささか物足りないかもしれません。

ラーメンを食べた後は北上して、岩手との県境にある乳頭温泉へ。途中に寄った田沢湖は、BBQや湖水浴の客で賑わっていました。そして乳頭温泉へ到着。数ある東北の温泉地でも屈指の人気を誇る乳頭温泉。山奥にある秘湯です。字のごとく乳白色のお湯で、硫黄の臭いがけっこうキツめ。そしてなんと、今回訪れた「鶴の湯」には混浴があるのです!驚きました。この時代にまだ混浴が残っているとは。いやしかし男女平等、多様化の時代なんですから、混浴はもっと増えるべきではないでしょうか。はやる気持ちを抑えながら脱衣所で裸になり、混浴の露天風呂に身を沈めます。めんこいおなごを期待して辺りを見回すと、いるのはおっさんとアブばかり。厄介なのはおっさんよりも、このアブ。刺されるとめちゃくちゃ痛い。アブに刺されまいとナイルワニのように目から上だけを白濁したお湯から出してしばらく様子を伺いましたが、家族連れの肝っ玉かあさん的な女性くらいしか見つけることはできませんでした。

乳頭温泉の後は岩手の県庁所在地、盛岡へ。盛岡といえば冷麺ということで、発祥のお店とされる「食道園」で食べました。いわゆる平壌冷麺は国籍柄食べ慣れているので大きな感動は正直なかったのですが、岩手でも冷麺が愛されていることに感動しました。

東北随一の人気温泉


3日目はまず盛岡市内のわんこそばの名店「東家」に行きました。死ぬかと思いました。「はい、じゃんじゃん!はい、どんどん!」の掛け声で次々とそばを投入してくる女中さんの手をひねり上げて羽交い締めにし「一方的な戦争はもうやめろーーー!!!」と叫ぶのがこのデスゲームを終わらせる唯一の方法なのですが、紳士な僕はそんな手荒なマネはできず、胃袋が限界を迎える寸前に、備え付けのフタを次の支給のまえに椀にかぶせることで許しを得ることができました。なんとか煩悩の数と同じ108杯を平らげ、世界記録樹立か?と尋ねましたが、なんとそのお店の記録は500杯を超えるそうです。しかも女性だそうな。

お腹が満たされた後は北上して青森県との県境にある十和田湖へ。かつては賑わっていたであろう十和田湖周辺の宿泊施設も今となっては廃墟同然で、盛者必衰の理を見ました。各地を旅していると、昭和の時代はさぞ栄えていたんだろうなという町や観光地に出会いますが、その時代に思いを馳せるのも一興ではないでしょうか。

十和田湖から流れ出る沢を追うと、そこは奥入瀬渓谷。シシガミさまが現れてもおかしくない苔の生い茂った神聖な原生林です。『もののけ姫』のサントラを聴きながら奥入瀬川を下り、太平洋沿岸まで出ます。この日の宿泊地は八戸です。八戸の夜の街は小規模ながら屋台街もあって賑やかでした。八戸では郷土料理のいちご煮やせんべい汁、生ホヤを食べました。吐きました。ホヤまじやばたにえんでぴえん。ホヤ水ってなんなんだ。あの生ぐっさい液体はなんなんだ。おそらくあれは羊水です。女将の羊水。羊水飲んだことないから知らんけど。

とまぁそんなこんなで八戸の夜はホテルで吐き続け、朝を迎えました。ちなみに、いちご煮という料理は、フルーツのイチゴを煮たわけではなくて、ウニとアワビのお吸い物です。いちご煮自体は美味しくて罪はないんですけど、多少生臭いので、嘔吐の共謀扱いになっています。

倖田來未も納得の羊水味


4日目は本州最北端の大間町を目指して出発。大間といえばマグロですよね。日本一のマグロを食ってやろうと向かいました。悲しいかな、大間町で大間産のマグロを食べられるお店は限られているようです。カカオ畑で働く子供たちがチョコレート食べているのかって話に通じる問題です。違うかもしれません。とにかく持ち前のリサーチ力で該当するお店をなんとか探し出して、漁港のすぐ近くにあるお寿司屋さんで本マグロの特上握りランチをいただきます。

このとき僕は思い知りました。寿司で最も重要なのはネタよりも職人の技なのだ、と。そうです、なんかイマイチだったのです。カウンターの前で仏頂面をしている大将はお世辞にも職人然とした雰囲気もなく、割と適当な感じで寿司を握るのです。せっかくの大間産本マグロの良さを全然引き出せていない。

そして僕はこうも思いました。「ボク、あんまり魚好きじゃないわ」。そうです、僕はあんまり魚が好きじゃないのです。生臭いのが苦手なのです。日本全国津々浦々という言葉自体が水際をあらわしている通り、どこへ行っても特産品が海産物であることに辟易しています。

浜風吹きすさぶ本州最北端の記念塔で写真を撮り、下北半島を南下する道中で日本三大霊場の恐山に寄ったりもしながら青森市内を目指します。恐山の目の前の湖は温泉が湧いていて、乳頭温泉と同じく白濁しているのですが、強烈な硫黄臭でとてもじゃないけれど周囲に生物が棲める気配のしない異様な光景でした。恐山で体調を崩す人は霊感があるのではなくて単純に硫黄臭にやられているだけなのだと突き止めました。恐山、恐るるに足らず。

青森市内に入る前に道の駅に併設された浅虫温泉にも寄りました。東北は良質な温泉が多くていいですね。

こゝ本州最北端の地


青森市には日が暮れようとする頃に到着。ひとつ、市内の中心街を車で走っていて思ったことがありました。やたらと道幅が広い。交通量や人の往来に比べて明らかに道幅が広い。失礼ながら、県庁所在地といえど所詮青森、所詮東北。どう考えてもミスマッチなのです。自民党の大物議員の選挙区なのかとも思いましたが、そうではありませんでした。なぜだかわかりますか。

その理由は、ねぶた祭りです。例年300万人近い来場客が全国から集まるため、一般的な地方都市の道路幅じゃ収まりきらないんですね。このねぶた祭り、実際に参加したことはないのですが、旅の5日目に訪れた文化交流施設「ワ・ラッセ」でとくとその魅力を知ることができました。ワ・ラッセに展示された実物のねぶた山車(地域によっては「ねぷた」とも呼ぶ)の迫力は相当なもので、何十台ものねぶたが内部から光り輝き、周囲で跳人(ハネト)と呼ばれる踊り子たちが数万人単位で声をあげて踊り狂う夏の夜……。その熱量を想像しただけで感動しませんか。

しかもこのねぶた祭り、青森市内だけの催しではなく、青森県のいたる地域で独自のルールのもと開催されているようで、中でも五所川原市の「立佞武多(たちねぷた)」は今回の旅行で一番度肝を抜かれました。全長20メートルを超える高さの巨大な“ねぷた”が登場するのです。6日目、旅の最後に訪れた五所川原市の「立佞武多の館」。低層の建物しかない五所川原市内にひときわ目立つ大きな館が建っているのですが、はじめにエレベーターで最上階まで上がりそこからスパイラル状に歩いて下る構造の中心に、実物の立佞武多が二体そびえ立っています。通路から望むその姿はさながらエヴァンゲリオン。第一話でなにも知らないシンジ君にゲンドウが「エヴァに乗れ」と言い放ったあの格納庫みたいな状況なのです。

江戸時代から始まった立佞武多の歴史(当時からかなり大きかった)は大正で一度途切れていて、復活したのはここ40年ほど前のこと。この復活劇がまた鳥肌モノなんですよ~!すべては主人公のご先祖様が残した一枚の設計図を見つけるところから物語が動き出す……という映画化したいくらいドラマチックなプロジェクトなんです。

祭り当日になるとゲートが開いて立佞武多が発進するらしい


さて、旅日誌を長々と書いてきましたが、次からが本題です。ここまで詐欺被害は全く関係ありません。ウォール・ストリートのエリート証券マンじゃないんだから、いきなり本題に触れるのも面白くないじゃないですか。だから書いちゃいました。すみません。読み飛ばしてもらって大丈夫でした。


ちなみに全旅程のうち、5日目と6日目は前の段落で少し触れましたが、5日目はワ・ラッセ、青森県立美術館、三内丸山遺跡を回った後に弘前市へ移動。紹介の通りワ・ラッセも良かったし、美術館でみたタイガー立石展も最高でした。前夜に夜道をふらふら歩いていた時にたまたま告知ポスターを見つけておもしろそうだから行ってみたんですけど、めちゃくちゃおもしろかったです。今の時期なら浦和にある埼玉県立近代美術館で来年の1月16日まで開催中なので、みなさんもぜひ観に行かれることをお勧めします。

タイガー立石展で時間を費やしすぎちゃって、国内最大級の縄文遺跡であり、今年の7月に遺跡群が世界遺産に登録されたばかりの三内丸山遺跡は足早に散策。縄文人って今とほとんどかわらない知能があったんですね。風習や道具から垣間見える賢さに感心しました。彼らの創意工夫のマインドが今でもジパングには受け継がれているのでしょう。そして夜の帳がおりたころに弘前に到着。弘前のホテルで飲んだシャイニーのりんごジュースが過去最高に美味しいりんごジュースでした。

6日目は朝から弘前城に少しだけ立ち寄り、五所川原市の立佞武多の館へ。館に3時間たっぷり滞在して、昼過ぎの便で青森空港を発ちました。

土偶って基本的に女性なことに気が付きました


旅はここで終わりです。東北での総移動距離1200キロ。めぼしい町はほとんど制覇できたはず。料理に関しては正直あんまり満足できませんでしたが、文化的には素晴らしい経験ばかりで、大満足の旅となりました。ただひとつ、詐欺被害に遭ったことを除いては……。


いよいよ本題です。お待たせしました。それでは書いていきます。
ここから先は未18禁なので、17歳以下の方はお引き取りください。



この暖簾をくぐれるのは18歳以上だけ



事件は青森市内に宿泊した4日目の夜に起ました。

四日も旅を続けていると、突然えも言われぬ不安に襲われることがあります。将来の不安、健康の不安、仕事の不安、お金の不安、人間関係の不安……。まるで自分はそのような不安から目を背けて逃げるために旅をしているのでないかという意識に苛まれます。



そんなことはない!


僕は目を背けていない!


勇敢に立ち向かっている!


そうだよな!?



いや、


本当は不安で仕方ないんだ。


勇敢という薄皮の下で不安がパンパンになっているんだ。僕なんて薄皮ミニパンなんだ。


一体この先どう生きていけばいいんだ……。


わからない、わからないよ。父さん、母さん!




するとどうなるか。



ムラムラしてきました。




人間という生き物は原因の先に結果があると思い込む習性があります。しかし世の中には、あらかじめ結果だけが先に在って、その結果に因果を結ぶために人間が原因を作り出しているに過ぎないのです。つまりどういうことか。ムラムラしたことに対する言い訳を書いているだけなのです。


その男の脳は、精巣から送り込まれた生殖遺伝子ウイルスに侵されようとしていました。有史以来、XY染色体を持つ者たちが一度も打ち克つことができなかった恐るべきウイルスに。


別名「恋する遺伝子」


文章の冒頭で「一人旅は寂しいものではない」と太字で書きましたね。大切なことだから太字で書きました。


あれな、ホンマは強がりやねん。僕だって夜は寂しいんや!女を抱きたいんや!


でもな、ウチをこんな気にさせたんは、青森の夜が寂しすぎるせいでもあるんよ?だって繁華街やのに真っ暗なんやもん。ホンマならねぶた祭りの時期やのに、去年と今年はコロナやからって中止になちゃったもんで、ひとっこひとり歩いてないんやんか。あかりが灯ってない広い道路をひとりで歩いてたらな、やっぱりウチも寂しくなっちゃうんよ?晩ご飯のときにお酒も飲んですこし酔ってるんやもん。


コロナ禍の魔の手は青森の路上の夜の片隅にも届いていたのです。そしていたいけな子羊が一匹、その魔の手によって暗黒面へと引きずり込まれたのです。しかしそこは無力な子羊。この暗闇の中で自らの欲望を発散させる手立てを知る由もありません。どうしたものか、街灯の下で逡巡していると信じられない奇跡が起きました。神のお告げがあったのです。


街灯の光がにわかに強まり、どこからか賛美歌が聞こえてきました。まばゆい光に照らされた僕は目を細め、顔を逸らします。すると、誰もいないはずの周囲にただならぬ気配を感じ、辺りを見渡しました。ネオンの灯らないスナック看板の下に神がいました。神と対峙したとき、人は神を神と認識することができるようです。




僕「あなたは……神?」


神「神です」


僕「神……」


神「ときに汝、たぎる情欲を解き放ちたいのか」


僕「なぜそれを……」


神「ならばデリヘル嬢を召喚するがよい」


僕「でりへる……?」


神「ウーバーイーツの性的サービス版である」


僕「でもどうやって召喚するのです。私にそのような知識はありません」


神「シティヘブンネットでお気にの嬢を見つけるがよい」


僕「神よ!」




このときばかりは無神論者の僕も神の存在を信じました。全知全能の神は性産業にもお詳しい。

天啓を得た敬虔な信者は神の思し召しに従い、すぐにスマホでシティヘブンネットを検索しました。みなさんご存知でしたか。こんな性的サービスが世の中にあるだなんて。僕はつゆほども知りませんでしたが、おつゆが先走るままにスマホの画面を滑らせて、一覧の中から良さげなお店を見つけました。




『青森キャッツアイ』




青森キャッツアイ。ええやん。ええ響きやん。

今夜は青森キャッツアイさんにお世話になろう。

そう思い、どんな女の子がいるか、さらに店舗情報を見ます。




リンゼイ(18歳)




ええやん。リンゼイちゃん。

リンゼイちゃん、ええやん!


T157・90・60・86


ピ、ポ、パ。プルルル。




店「はい、こちら青森キャッツアイ」


僕「こんばんは!リンゼイちゃんいけます?」


店「あ、はい、大丈夫ですよ~」


僕「じゃあ60分コースでお願いします!」


店「ホテルはどちらまで?」


僕「◯◯ホテルの△△号室です!」


店「かしこまりました。今すぐのご利用でよろしいですか?」


僕「大丈夫です!支払いはカードで!」


店「はい、では30分後にうかがいます~」


僕「よろしくお願いします!」




社会人たるもの挨拶が大事です。

元気に挨拶だけしておけばすべては円滑に進み、道は開けます。30分後にリンゼイちゃんも来ます。


しかしリンゼイちゃんは来ませんでした。30分経っても。1時間経っても。

22時半に電話をしたので本来であれば23時に着くはずが、ホテルのドアをノックする音は待てど暮らせど鳴りません。


どないなっとんねん。どついたろけ。


仏の僕もさすがにイラつきを覚えました。なにより眠い。毎日8時間近く運転して疲れが溜まっています。

リンゼイのことはもう忘れて寝てしまおうかと、部屋を暗くしてまぶたを閉じた0時のことでした。




コンコン。




来た!!!




人類待望の福音は1時間半後にようやく鳴りました。鼓動を早めてドアを開けます。




リンゼイ「こんばんは~」




リンゼイちゃんは写真の姿に115%平体をかけたような姿をしていました。


社名ロゴに使いがち


115%程度なら許容範囲でしょう。パネルマジックなんて常識です。野党のみなさん、そんな些事を糾弾してたらキリがありませんよ。大局を見てまつりごとを進めましょう。


それよりも僕はリンゼイちゃんの顔のかわいさにすべてを許しました。

ぱっちりお目目に、マスクを外して露わになった筋の通ったお鼻と、ぷっくりな唇。

顔のかわいさを認めたうえで、真夏だというのにうすら寒い青森の夜にはこれくらいグラマラスな女性にあっためてもらうのがちょうどいい。そう納得しました。


挨拶もそこそこにまずは支払いを済ませます。予約時に伝えた通り、カード決済を選択した僕は、カードリーダーでも取り出すのかなとリンゼイちゃんの方をぼんやり見つめていました。すると彼女はおもむろに電話をかけ始めました。どうやらお店の事務所にかけている様子。電話の相手とのやり取りをひとしきり終えたかと思うと、電話はつなげたままこちらを振り向き、カードを渡すように要求されました。指示に従い手渡します。




リンゼイ「じゃあ言いますね、3793 79ーーーーー」



え!?



リンゼイ「有効期限はーーーーー」



え!?!?



リンゼイ「名前のつづりはーーーー」



えー!?!?!?




まさかのダイレクト伝達。急に不安が襲ってきました。大丈夫かこの店。

呆気に取られているうちに通話は終わり、カードを返却されました。


心に生じた一抹の不安は拭えませんでしたが、気にしているこの瞬間も刻一刻と時は過ぎていきます。

戦いはもう始まっている。過去を振り返える暇はない。依頼主はそう思っているにもかかわらず、請負人は一向に切り出しません。うつむいたまま、なにやらモジモジしています。どうしたのか尋ねると、彼女は答えました。




リンゼイ「お兄さん、かっこよくて顔見れない……」




な、なに~~~~~!?!?




いやあ、困ったな。たはは。かっこよくて見れないなら仕方ないか、いや仕方なくないわ~!

精度の低いノリツッコミをお見舞いしたところ、リンゼイは爆笑しました。


このリンゼイという女。嘘か誠か、とにかく僕の容姿を褒めちぎってきます。そして僕がなにかコメントを返すたびに爆笑します。




BTSよりかっこいい……」


「BTSのグクよりかっこいい……」


「え、韓国人なんですか?どうりでかっこいいわけだ……」


「こんなかっこいい人みたことない……」


「錦戸亮に似てる……」


「ホクロさえかっこいい……」


「写真撮りたい……」


「みんなに自慢したい……」




なんなん、将来の妻なん?


白状すると、今までの人生で容姿を褒められた経験がないとは言いません。しかしこれほどまでに絶賛されたことはいまだかつてありません。なんやねん、ホクロさえかっこいいて。


ただ僕は、容姿を褒められる以上に、なにを言っても爆笑してくれることに深い喜びと満足を感じていました。関西人という生き物は、ビジュアルを褒められるよりも、美味しいものを食べるよりも、性的な快楽を得るよりも、なにより笑いを取ることがエクスタシーなのです。むかし、青森出身の奥さんがいる男性に聞いた話を思い出しました。東北人は関西弁に耐性がないため、関西弁を話す人間はそれだけで魅力的に映ると。堀田主任、あの時は話半分で聞いていましたが、どうやら事実のようです。


気を良くした僕は、プレイを始めるどころかトークのギアを上げ、バラエティのMCよろしくどんどん話題を振り、場を回していきました。


本当の年齢は22歳であること。本名は美穂(仮名)であること。青森駅の近くに住んでいること。昼間は青森市内の会社で事務員をしていること。デリヘルで働き始めて2ヶ月だということ。500万円貯めてトヨタのハリアーを買いたいということ。ハリアーは500万もしないということ。寒冷地仕様は少し値が張るということ。それでも500万はしないということ。ホンダのヴェゼルの方がいいんじゃないかということ。いろんな話をしました。


会話を繰り広げているあいだ、ふたりはベッドに横並びで腰掛けて、一定の距離を保っていました。僕はまだリンゼイに指一本触れていません。当然おちんちんも触れられていません。そしてここで残り10分を告げるタイマーが鳴り響きました。時刻は0時50分。


普通に考えると、デリヘルを呼んでなにもしないまま残り10分というシチュエーションは、大いに焦る場面でしょう。大急ぎでズボンのチャックをカチャカチャとおろそうとするはず。果たして僕はどうだったか。落ち着き払っていました。さながら12月以外の師匠のように。なぜならば、確信に似た自信があったからです。その自信とはすなわち「これはプライベートで会えるな」という自信です。さらに言うと、デリヘルのサービス以上の行為をおこなえるだろうという自信までありました。リンゼイちゃん、もっと仲良くなりたいから連絡先教えてよ。結果はもちろん二つ返事です。やすやすとLINEを交換できました。




僕「今日はお仕事何時まで?」


リ「1時までだよ~」


僕「え、じゃあもうおしまいやん」


リ「うん」


僕「じゃあさ、このあと会おうよ」


リ「いいよ~」


僕「ありがと」


リ「どうすればいい?」


僕「再合流して美穂ちゃんのお家でお酒飲もうか」


リ「おっけ~」


僕「一旦事務所に帰るの?」


リ「そだよ~」


僕「じゃあチェックアウトの支度しとくから、お家帰ったら連絡して」


リ「わかった~」




いわゆる「勝ち確」ってやつですわ。ちょろいもんやで。ポーカーフェイスを気取っていましたが、内心では「だ…駄目だ…まだ笑うな…こらえるんだ…」とニヤケが止まりませんでした。そうこうしているうちにタイムアップ。リンゼイが帰り支度を始めます。


じゃあまた後でね。


晴れやかな気持ちで見送り、ドアを閉めた後、僕は一度股間を握りました。苦楽を共にした戦友と握手をするように。このあとリンゼイを抱く。その未来がありありと目に浮かんでいました。


リンゼイが部屋を出て5分ほどしてから、LINEに今日のお礼とこのあとよろしくという旨のメッセージとスタンプを送ると、すかざず褒めとお礼の返事がスタンプ付きで届きました。順調そのものです。それからしばらくして、帰宅した頃合いを見計らってメッセージを送ります。




僕「どう?帰った?」




10分ほど間を置いて受信音が鳴ったので、LINEを開きました。




リ「ごめん!やっぱり会えないよ(>_<)」
















ごめん、やっぱり会えないよ?




(>_<)?




僕はこの短文と絵文字の意味を理解するのにたくさんの時間を要しました。そして理解したと同時に、LINEの通話ボタンを押しました。いつまで経ってもコール音だけが虚しく耳元で聞こえます。通話ボタンを切り、ひとつ試みたことがありました。相手が自分をブロックしているか確認する方法です。LINEにおいて相手が自分をブロックしている場合、スタンプをプレゼントしようとすると「相手はもうこのスタンプを持っています」と表示されるアレです。恐る恐るリンゼイに、リンゼイが絶対に持っていないであろう「和田ラヂヲの素敵スタンプ2」を贈ろうとしました。そして表示されました。




「相手はもうこのスタンプを持っています」




あんなに一緒だったのに

言葉ひとつ通らない 加速していく背中に今は

あんなに一緒だったのに 夕暮れはもう違う色

せめてこの月明かりの下で 静かな眠りを




僕は急にふるさとの景色を思い出しました。瀬戸内の凪いだ海に吹く風。きらめく水面。帰ったら祖母の法事があるな。コーネ(飼ってる猫)元気かな。会いたいな。飛行機の便を早めて明日にでも帰ろうかな。


思考回路はショート寸前。コーネすき夫選手このままノックダウンかと思われましたが、茫然自失の自我を再起させたのは、ふつふつと湧き上がる怒りでした。




Эта пизда свиная сука!

Как ты смеешь уходить, не показав мне свои сиськи!




不特定多数の人が見るであろうnoteに書くにはあまりにも口汚く罵ったため、ロシア語に翻訳しておきました。なんて書いたか知りたい方はDeepLで和訳してみてください。


被害総額1万2千円。これは完全なる詐欺です。しかし僕は泣き寝入りしました。だってお店に電話かけるの怖いんだもん。ぜったい反社だもん。

よくよく考えてみればお店はなにも悪くないし。サービス(嬢)を提供してそれに見合う料金を徴収しているだけなわけで。悪いのは欲を出した僕なんです。一番の巨悪はリンゼイですけど。


なにが腹立つって、リンゼイという名前がセンシティブでイジりにくいんですよ。散々書いてきて今さら言うのもなんですが。

糾弾しづらい名前をよくも!よくも付けてくれたもんだな青森キャッツアイのオーナーさんよ!How dare you!


グレタばりにキレてます


詐欺被害者にイジらせまいと、そこまで計算に入れて名付けたなら大したもんやで。

そもそもキャッツアイという店名自体、この大胆な犯行に対するネーミングなのかと勘ぐってしまいます。


本稿を書くにあたり、二度と見るまいと思っていたお店のサイトを念のため再訪してみたところ、今日も元気にリンゼイは青森キャッツアイで働いているのでした。めでたしめでたし。




・・・




そういうわけでですね、読者諸氏も年末に帰省された際はどうぞYOASOBIにお気をつけください。とくに青森市民の人。これ以上悲しい被害者を生まないために、恥を忍んで啓蒙する次第でございます。ちなみに僕は1万2千円失ったわけですが、このコラムの文字数もちょうど1万2千文字となっております。


以上、「青森でデリヘルを呼んだら指一本触れることもできずに帰られた話」でした。良いお年を。

※このコラムは本来、僕が勤める会社の社内報に寄稿するために書いたものなのですが、編集長に掲載NGを食らったため、note用に少しだけ調整しています。社内報にデリヘルの話って書いたらダメなの?



エピローグ


青森リンゼイ詐欺事件のあと、その夜は心労が祟りすぐに寝付くことができました。そして夢を見ました。

僕は高校生で、当時片思いをしていた女の子とふたりで仲睦まじく会話をしたり、手を繋いでいました。これはキスできるぞと(懲りない男)、あらためてその子の方に向き直ったら、中条あやみでした。朝起きると僕は中条あやみが大好きになっていました。

この物語を中条あやみに捧ぐ


(おわり)


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