夏期講習の夜

中学生のときの私の通信表はオール4に5がちらほらというところで、3年間通じて大きく上がりも下がりもしませんでした。平凡ですね(笑)
定期テストも学年120人の中でよくて20番、悪くて40番。学区の二番手の県立高に普通に受かるくらいの成績。
そんな私の平凡さが物足りなかったのか、中2の一学期の期末テストの成績を見て、母親が私を塾の夏期講習に参加させると言い出しました。
その塾は駅前にあって、自宅からだと自転車で10分くらい。ミミズロード(笑)を抜けて学校の前を通り、住宅地を抜けた先でした。田舎なので大手の塾もそれほどなく、あまり選択肢がなかったんですよね。同じ学校の友だちもよく通っているところでした。
もちろん最初はえーっと思いました。バトン部の活動も忙しく、そのころは駅前の夏祭りに出演する演目の準備をして疲れていましたし、夜の自由な時間がなくなるのもイヤだったんです。
でも私はあることに気付いて、多少不満な顔を見せながらも、夏期講習への参加を承諾しました。なんだと思います?(笑)
私の学校は、夏になって日没が遅くなると、部活の時間も延びていました。夏休み前のころは夕方6時半が終了時刻だったと記憶しています。主に雨の日にしかミミズはいないのですが、水田の中を抜けていくミミズロードには街灯が数本立っていて、夏になるとその下にたくさんの虫が落ちていたのです。
小5くらいには少しずつ始まっていた私の踏み潰し好きは、中学生になるとますますエスカレートしていました。そんな私が、街灯の下で蠢く虫たちを見逃すはずがありません。中1になって部活がスタートすると、薄暗い帰り道の中、わざと街灯の下を通って、ローファーで虫たちをすり潰しながら帰っていました。
でも、部活の終了時刻は親も知っているわけで、親が帰ってくる時間より遅くなると、学校や友だちに連絡がいくかもしれません。そうならないためには、お楽しみの時間を5分くらいにしなければなりません。なので、せいぜい虫たちを処刑しながら街灯の近くを歩くくらいしかできませんでした。そして親が帰ってくると、さすがに外は出歩けません。
狡猾な私は、塾の夏期講習を口実にして、そのお楽しみタイムを引き延ばせるかもしれないと考えたのです。
その塾に限らないのかもしれませんが、私や友だちも含めて、たいていの中学生は夕方まで部活をしているので、講習は夜の時間帯です。
7時過ぎから始まって、9時半くらいまでやっていたでしょうか。部活が終わって急いで帰ってから自転車で向かうことが多かったですが、部活の終了が遅くなると、学校から友だちと直接歩いて行くこともありました。
学校から歩いていった日は、遅くなるのを心配した母親が、帰りに迎えに来ており、せっかくのお楽しみタイムが奪われてしまうため、そんなときは丸一日、欲求不満でした(笑)
そして、家から自転車で向かった日は、家に10時過ぎに帰るようにしていました。9時半には終わるのでそのまま帰ると9時40分くらいには帰宅できたのですが、授業が終わって先生にわからないところを質問するから、という口実で少し遅く帰っていました。
母が迎えに来る日も、先生に質問するという理由で、実際にわざと質問しに行ったりしていたので、最後まで怪しまれることはなかったですね(笑)
もちろん、自転車の日は終わり次第急いで帰って、ミミズロードで虫たちを殺戮していたのですけど。
母にしてみれば、勉強熱心で感心、くらいに思っていたのかもしれませんが、それにしては、その後2学期の成績が大きく伸びたわけでもなかったので、拍子抜けだったかもしれません(笑)
ごめんね、ママ。ずる賢い娘は、異常なやり方で、溜まった性欲を発散していたのです。娘の靴底チェックでもしていれば、やけに汚れているな、くらいは思ったかもしれませんが、さすがにそんな変態行為をしているとは思わなかったでしょう。親の前でも自己主張しないいい子だったわけですし。
虫の多くはカナブンでしたが、私が一番好きだったのは蛾でした。理由は踏み心地と、それからすり潰した後のグロテスクな見た目ですかね。
まず、街灯の下を自転車で走り過ぎ、そのときにタイヤで挽き潰す感触を味わいます。カナブンはそれなりに硬いので、ちゃんと踏んでいる感覚がハンドルやサドルに伝わってきて、それも快感でした。
そして、街灯を通り過ぎた辺りに自転車を止めると、まずは大好きな蛾を探します。ひっくり返ってバタついている蛾を発見すると、興奮がゾワゾワ立ち上って、胸がいっぱいになっていました。
夏期講習のときは、7センチくらいのピンクのピンヒールサンダルか、黒いエナメルのぺたんこバレエシューズかどちらかを、素足で履くことが多かったように記憶しています。
サンダルを履いているときは、ピンヒールの威力を試せるのが楽しみでした。丸々太った蛾のおなかにヒールを突き立てると、中から黄色いドロドロしたものが吹き出してきます。アスファルトに縫い付けられたまま、力なく蠢く蛾の姿に、私はサディスティックな興奮を胸いっぱいに感じていました。何度もヒールを突き刺して、引き裂かれた蛾の形がなくなってくると、つま先に思いきり全体重をかけて左右にズリズリとにじります。二、三度にじってやるとすぐにアスファルトの硬い感触だけになり、靴底の波形の模様を刻まれた汚い死骸だけが、街灯の白い光を跳ね返しているのでした。
バレエシューズを履いている日は、力いっぱい踏みつけられるので、より暴力的でした。力加減の調節をせずに、ぺたんこヒールを蛾に叩きつけると、ぶちゃっという水気のある音とともに、あの黄色くドロドロした液体が周囲に激しくはじけ飛びます。その瞬間の全能感は最高でした。世界で一番自分が強く残虐になった気がしました。その感触をまた味わいたくて、私は次の蛾を探し求め、見つからないときはカナブンを何匹もヒールに突き刺したり、集めてきたカナブンの上で足踏みするように何度もバレエシューズを履いた足を叩きつけたりしていました。
バレエシューズの靴底は多少すり減っていましたが、真横に細い直線の溝が何重にも入っていました。かかとを上げると、その溝の中にちぎれた蛾の頭が食い込んでいたり、折れたカナブンの羽が蛾の黄色いドロドロと一緒に貼りついていたりするのが見えて、そんなひどい光景を私自身が生み出したという現実が、恐ろしくも胸が潰れるような興奮を覚えさせてくれました。ポインテッドトゥのバレエシューズのフロントには小さなかわいいリボンがついていて、こんな愛らしい靴が私の残酷さを理解して、虫たちを殺戮する悪魔と化すのも、興奮を高める理由のひとつでした。
夏の暑さがまだ残る夜、私は汗ばみながら街灯の下で激しいダンスを踊る夏休みを送っていました。私が身につけたのは学力ではなく、親をだまして性欲を発散する暗く歪んだ心と、虫たちを躊躇いなく瞬殺するテクニックでした。
あのとき踏み潰した虫たちの恨みなのだと思いますが、私は県立高校入試の前日に風邪をひいてしまいます。そのため、普通に受かるはずの学区2番手校に受からず、遠くの私立高に通うことになってしまいました。そのために家を引っ越すことになってしまい、ミミズロードから離れたのをきっかけに残酷な行為をする癖は、次第に止まりました。
あのときの多くの虫たちとだましていた母には、今も激しい胸の痛みを覚えます。

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