学校に来ていない奴の青春

三角関数なんて勉強したって社会で使わないだろ。
俺は三角関数の授業を適当に聞き流しぼーっと校庭を見ていた。授業も聞かずになにをするわけでもなく過ごすことは貴重な青春時代を無駄にしている実感はあるのだが別に大臣や博士になりたいわけでもないので授業を聞く姿勢にも身が入らない。三角関数なんて社会に出た時に果たして使うのかとか、4月1日に生まれた人は一つ学年が遅いとか、一年早く生まれただけの先輩が偉いとか部活中は椅子に座っちゃいけないとか、そういう「そのシステムなんなんだよ」みたいなイチャモンをフリップ芸みたいに毎日繰り出して仲間内で笑いあうような日々を過ごすこの毎日が愛しいだけで特に人生の目標があるわけでもないのが俺が無為な時間を過ごしている大きな理由だ。

俺はバスケ部に所属している。
髪も赤くなければ中学MVPでもなく、市内で最弱を争うくらいの俺が守っているのはゴール下ポジションと朝練と居残り練習は絶対にしないという矜持だけである。1年生の時に初めて出た新人大会では100点差の実質コールドゲームで初戦敗退。それからも大会に出るたびに同じような結果を繰り返しいつの間にか2年生になっていた。ポテンシャルの低さには自信があったし、勝ちたいとか上手くなりたいという気概も薄いから多分ずっとこの中途半端な感じで部活を終えることになるのだろう。けど部活仲間と体を動かすのは好きでどいつもこいつも俺と同じで全くプレーは上手くないが一緒にいて愉快な連中だ。なだれ落ちる汗とキュッキュッと鳴るバッシュの音、掌で掴めないバスケットボール、先輩からエッチな話を聞かせてもらった休憩時間に練習終わりの仲間とのバカ話。これが俺の学校生活の全てであり俺の尊い世界だった。

引き続き窓の外を眺めているとグラウンドの端に人が見えた。今は体育をやっている時間でもないので外にいるのはそいつのみだ。目を凝らしてみるとそいつは山本だった。うちのクラスの、学校に来ていない、あの山本だ。

山本は2年の修学旅行の日に集合場所に現れずみんなを散々待たせた挙句に結局旅行には姿を現さずそのまま学校に来なくなった男だ。色白で背は低いが少し太っていて無口の目立たない奴だった。友達がいた印象はないがイジメられていたなんていう話も聞かなかったので彼の不登校は少しだけクラスの話題に上ったが3日かそこらで結局は忘れられ、旅行の日にヘイトを買った以外は特に印象残らない男だった。

その彼が今大きな荷物を抱えながらグラウンドの片隅を歩いている。最初は「なんだ学校には来てんじゃん」とも思ったが、山本の動きは登校しているそれではなく隠れるようにして物陰を移動しながら部室棟の方に向かっている。そして部室棟の横にある男子便所に入っていった。

なにしてんだろ、なぁなぁ今の見た?と前の友達に話しかけようとしたがどうやら前の奴は授業を真剣に聞いているようで、というかグラウンドをぼーっと見ているのは俺くらいのものだった。ここで危機感を覚えて、やべノート取らなきゃと思えればよかったのだが俺はどうしてもさっきの山本が気になってしまい、というかこんなの気にならざるを得ないだろと窓の外に意識を集中させた。

数分すると山本が出てきた。いや、男子便所に入ったのは確かに山本だったので出てくるのは当然山本なのだがほんとに山本か?と思えるくらいに容姿が変わっていた。髪は長くなっていてさっきまで着ていた水色のネルシャツではなくどこかの高校の女子の制服を着ている。女装?端的に言えば女装をしていたのだがなぜ山本が女装を?という疑問の答えが全く見つからず遠くに映る山本の存在すら疑わしくなってきた。その山本であろう人はまた隠れながらグラウンドを渡ると校門を出てそこで止まり、人を待つかのようにきょろきょろと周りを見ながら立っているようだった。そして1分くらい経った後に校門の前に車が来た。その車は山本の前で止まり、山本は躊躇なく助手席に乗って車はどこかへ去っていった。なんだったんだ。人攫い?という雰囲気でもなかったように思う。なぜなら助手席に乗る山本に強引な感じはなくむしろ顔は笑っていたように見えた。なんかわからんけどそう見えた。気がする。

いつかの公式試合。フリースローのチャンスだった。
ゴールの先にある二階席には、少し気になっていた女の子がいた。緊張と謎の焦燥感から来るプレッシャーを受けながら放ったボールは歪な曲線を描きリングに弾かれて外れた。放った瞬間に外れたと思った。俺は"持ってない"し、なによりこれは自分でもびっくりしたことだが別に外れてもいいやと思ってシュートを打った気がする。俺の世界はこの試合に勝とうが負けようが変わらない、わりーなみんな、俺、楽しければそれでいいからさ。気になっていた女の子は対戦相手だった他校の男と付き合い始めたことを風の噂で知った。

なんだったんだろう。あれ山本だったのかな。なんで女装を?まぁでも事件性は無さそうだしなにより楽しそうだったしいいか、と結論づけた。俺は確固たる主義とか主張なんてものは更々持っていないが、どうせならみんな楽しくあればいいと思っている。世界平和とか飢餓や貧困をなくすなんて事とは全く別のところで世界のみんなが笑ってたらそれでOK、万々歳です。だから山本の笑顔を見た時も少し嬉しくなった。授業受けなくていいなーなんて無責任な羨みもあったがなにより山本は山本で別のところでよろしくやってんじゃん、というこれまた無責任な喜びがあった。

俺はなにかに触発されたように前を向いて三角関数に取り組んだが結局「次の関数のグラフを書け」のところで意味が分かんなくなり、「書け」なんて命令するんじゃないよとフリップ芸みたいなイチャモンをつけてまた窓の外を見ることにした。グラウンドには誰もいない。こうやって時間を無駄に過ごすのもいいか。だってそれも青春じゃん。あーあ、おっぱい揉みてーなー。

おわり

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