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ミッシング【映画の感想文】

ミッシング鑑賞。
鑑賞後の余韻は、吉田監督作品の『ヒメアノール』とも近かったように思う。

あまり内容を知らずに観たかったのだけれど、予告である程度は知っていたのと、感想の投稿を見てしまったので、かなり重たい内容であることだけはわかっていた。
Xで流れてきた投稿では、「石原さとみに見えない」「近所にいる普通のお母さんにしか見えない」というような内容だったせいで、その印象がありすぎて、冒頭30分ほどは、「ん?いつもの石原さとみだが?」という気持ちが若干ノイズになってしまった(自分の問題!)

というのも、ドラマ好きとして、『リッチマン、プアウーマン』、『地味にスゴイ』、みんな大好き『アンナチュラル』、さらに直近の『Destiny』も、様々なドラマで見てきた、石原さとみそのものがスクリーンに居たから。

ムキになった時にこそ本領を発揮するプックリと厚みのある唇の歪ませ方、そして大きな瞳をクッと下にして視線を合わせぬまま、少しハスキーな声で、早口にまくたしたてるような話し方、その他諸々、がテレビドラマで見る彼女そのままだったのだ。髪の毛をいくら傷ませても、メイクを抑えても、あの美しさは隠しきれないし、特徴的な声も、芝居も石原さとみそのもので、「んん、この映画入れないかも、、、」
となっていた。

がしかし。
物語が進み、彼女の悲しみや怒りや絶望がより深く、救いがないものになっていく過程で、そんなノイズはすっかり消えて、わたしは物語の奥底へ沈み込んでしまった。
すごいなあ、俳優は。

※内容に触れます※

日常的にSNSやインターネットに触れる機会がある人間なら誰もが、罵詈雑言が飛び交うインターネットの世界の醜さに、自覚している以上に引っ張られているんだろうな、と思う。いや、触れてなくても、触れている人々の「引っ張られ」が作る世界のムードに、何も影響を受けずに生きることは、今はほとんど不可能なのではないか。

その話題の渦中にいるわけではない自分も、ネット上で勝手に流れてくる汚い言葉や、悪意を、傍観者として見ているだけで疲弊してくるような日常にいる。

「見なきゃいいじゃん」ってわかっていても見てしまう母親の行動もわかるし、そこで大量に摂取してしまった悪意を、まったく同じ強さと醜さで、弟に浴びせてしまう描写も、わかりすぎて恐ろしすぎる場面だった。

また、透明のガラス越しに、誰かが誰かに強くて異様な感情をぶつける、ぶつけられるシーンというものが印象的に3度ほど繰り返された。
どのシーンも、追い詰められた人間が、異様な表情で訴える言葉はガラスに阻まれて相手には全く届かない。
さらに、さっきまでこちらで訴えられる側だった人間が、今度はあちらに訴える側にいる。

誰もが、誰もになりうる世界じゃん、という描き方はフェアだなと思った。
強い悪意や醜い感情や嫌な好奇心、そういう負のリレーが続く世界が、救いようのない現実を見せつけてきて、きつかった。

当初、弟の言動に少なからず私も「こいつ怪しい」と思ってしまったし、偏見や切り取りでいかようにも見えてしまうのだ。わかっていても、人はそうやって知らない他人を、自分の見たいように見てしまう。
物語後半に、弟がとる行動を通して、やっと本当の気持ちや、感情が見えたときに、自分たちの浅はかさを思い知らされる。


でも、それと同時に、誰かの思いやりや、善意も、この世界に確かにあるじゃん?という明るさというか、希望みたいなものも、しっかり、欠片として映画の中に散りばめられているところも、本当好きだった。

後半で、最後の希望となっていた別の事件が、望んだ方向とは違う形で解決を迎えた時、絶望しながらも他人の子供の無事を喜ぶ母親の優しさと、人間としての美しさ、その演技が見事だった。

それから、夫を演じた青木崇高もすごかった。
序盤は、わずかに他人事のように感じさせる距離感だったけれど、もちろんそんなことはなくて、妻のために、家族のために必死に冷静に居ようとする男が、実在感がありすぎて、ホテルの喫煙所のシーンでは号泣してしまった。
そして、「見なきゃいいじゃん」と言ってはいたが、しっかりと、「現実的に」戦うあたりが、本当に心強いパートナーであるし、「見なきゃいい、気にしなきゃいい」と言うには、あまりにも強く醜い言葉たちが多すぎる世界で、この姿勢は本当に大切だなと思った。

記者を演じる中村倫也も素晴らしかったし、後輩ちゃんの女の子もすごくよかった。「後継者になります」という言葉通り、一生懸命記者をやっている後ろ姿が見られてうれしかった。
この映画では、負のリレーだけじゃなくて、こうやって希望あるリレーも描いていて、そこに監督の優しさやフェアさが見えた気がする。
ボランティアで来てくれた、あの果実園の後輩も、お腹が大きくなっていたし。

そして、特に印象的なのは、弟とのわずかな交流がまた生まれたあと、石原さとみが果実を空に掲げて「きれい」とつぶやくシーン。
そして最後のシーン。
まだまだ続く、絶望の渦中にいても、美しいものをまた美しいと気づくことができるようになった母親の優しさと美しさが、最後まで心に残った。

光の中で、壁に落書きされた娘の絵をなでるシーンは、今思い出しても涙が出てくる。悲しいとか辛いもあるし、美しいとか優しいもある、どんな感情か自分でもわからぬままひたすら泣きまくった。

『ヒメアノール』に続き、この世界の絶望的な醜さと、でも確かにあるはずの、美しさや優しさを、どっちも本当だよな、と思わせてくれる、とにもかくにも素晴らしい映画で、大好きな作品だった。

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