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『多数決を疑う』要点整理 多数決より良い方法とは?


『多数決を疑う』(坂井豊貴)の要点を書きだしました。主に第1章、第2章、第4章を中心に、どの集約ルールが優れているのかをまとめます。


多数決には欠陥がある
 多数決は有権者の意思を正しく反映すると思われがちだが、実は全くそんなことはない。選択肢が2つの場合は問題なく機能するが、3つ以上になると票割れの問題が発生してしまう。たとえば、選挙でAとBが立候補しており、それぞれの得票率は60%と40%だとする。この時点で選挙を行えばAの勝利である。しかし、そこに新たな候補者Cが立候補し、Aと似た政策をかかげたとする。すると、AとCの間で票割れが生じ、結果的にBが当選してしまうかもしれない。これが多数決に潜む票割れの問題である。

ボルダルール
 そこで18世紀にフランスのジャン=シャルル・ド・ボルダによって新たに考案されたのがボルダルールである。ボルダルールでは有権者が選択肢に対して順位付けを行い、1位に10点、2位に9点、3位に7点…というように等差で点をつけていく。一番多く点を獲得した選択肢が勝者として選ばれる。

 この方法はペア敗者基準を満たす。ペア敗者とは、選択肢の中からペアを選んで多数決をとったときにどの相手にも負けてしまう選択肢のことであり、ペア敗者基準とは意思決定の結果としてペア敗者が選ばれないという基準である。要するに、ペア敗者基準を満たすルールでは、本来の順位が一番低い選択肢が勝つことはないということだ。そんなことは当たり前の基準のように感じるかもしれないが、実は多数決はこのペア敗者基準を満たさない。

 さらにボルダルールは棄権防止性をも満たす。棄権防止性とは、有権者にとって「棄権をしても得をしない」という性質である。つまり、棄権防止性を満たすルールでは、「自分の支持する選択肢を勝たせたいから、あえて棄権をする」という行為が成り立たない。

 さらにさらにボルダルールはペア勝者弱基準をも満たす。これはペア敗者基準と対になる基準で、ペア勝者(1対1の多数決では他のどの選択肢にも勝つ選択肢)が最下位にならないという基準である。ペア勝者基準という変な名前がついているのは、ペア勝者基準という基準が別のところで先に定義されてしまったからである。このペア勝者基準というのは「ペア勝者が必ず1位として選ばれる」というかなり強力な基準であり、これを満たす集約ルールは次に説明するコンドルセが考案したルールしか存在しない。

コンドルセ・ヤングの最尤法 
 ボルダルールは優れた集約ルールである。しかし、コンドルセは、ペア勝者が負ける可能性があるボルダルールは真の集約ルールではないとしてこのボルダルールを批判し、ペア勝者が勝つようなルールを提案した。単純にペア多数決を何度も行ってペア勝者を導き出せば、このルールは簡単に実現しそうだが、実際はそうはいかない。選択肢が3つ以上あると、じゃんけんのように「XはYより強く、YはZより強く、ZはXより強い」という状況が発生うるからだ。これをサイクルと呼ぶ。ペア勝者を割り出すには、このサイクルのどこかを切って選択肢を一直線に並べなければならない。

 コンドルセは最尤法という統計の手法を使ってこの方法を実現させた。最尤法とは「最も尤(もっと)もらしいものを選ぶ」という方法である。先のXYZのサイクルであれば、「XはYよりどのくらい強く、YはZよりどのくらい強く、ZはXよりどのくらい強い」というデータから統計的手法を用いて、もっともらしいものを選ぶということだ。

 このルールはペア勝者基準を満たす。ペア勝者基準を満たすということは、ペア敗者基準をも満たす。しかし、このルールはボルダルールと違って棄権防止性は満たさない。

 ちなみに、コンドルセとヤングは別人である。コンドルセがこのルールの原案を作ったのだが、その原案は書き方に不十分な点が多く、長年理解されることはなかった。しかし、150年以上経ったあとにペイトン・ヤングという経済学者が「これって最尤法のことじゃね?」と気づき、その方法が明確になったのである。

どちらが優れているか
 ボルダルール、コンドルセ・ヤングの最尤法ともに優れた集約ルールであるが、総合的に見るとボルダルールのほうに軍配が上がる。その理由はボルダルールがスコアリングルール(全体の順位を重視するルール)でありながら、ペア弱者基準とペア勝者弱基準(ペア比較を重視する基準)の両方を満たすバランスのとれた集約ルールであるからだ。

最強の「中位ルール」
 一般的な条件下ではボルダルールかコンドルセ・ヤングの最尤法しか優れた集約ルールはない。しかし、ある一定の条件を満たすときにはもう一つ優れた集約ルールが登場する。それが中位ルールである。中位ルールが機能する条件とは、選択肢が段階的に並べられるものであることである。たとえば政党選挙においてそれぞれの政党の外交政策は「強硬、中間、穏健」のように段階的に並べることができる。有権者が外交政策のみに関して投票する場合、有権者が強硬支持者であればその人の中での順位は「強硬、中間、穏健」の順になり、穏健支持者であれば「穏健、中間、強硬」となるだろう。有権者がどんな選好をもっていようと「穏健、強硬、中間」や「強硬、穏健、中間」にはなったりしないということだ。このように選択肢が単峰的であるときに中位ルールは適用可能である。

 中位ルールとは、すべてのの中央値を民意として採用するという方法である。「穏健、中間、強硬」の人であれば穏健が峰であり、「中間、穏健、強硬」という順位を持つ人であれば中間が峰である。この中位ルールは票割れへの耐性を持ち、さらに耐戦略性を持つ。耐戦略性とは、棄権防止性の強化版であり、「正直に意見を表明することが有権者にとって一番お得な行為である」という性質である。さらにこの中位ルールで選ばれる選択肢は、ペア勝者となっている。つまり、中位ルールはペア勝者基準をも満たすのだ(したがって、ペア勝者弱基準もペア敗者基準も満たす)。

 以上より、中位ルールはかなり優れていることがわかる。単峰性が成り立つならば、中位ルールを適用するのが良い

別の基準
 ペア勝者基準、耐戦略性の他に、二項独立性という基準がある。これはXYのみの場合でX>Yとなるならば、たとえ別の選択肢Zが追加されてもY>Xになってはいけないという基準だ。つまり、他の選択肢が増えたとしても、XとYの勝敗は常に同じでなければならないということだ。この基準はかなり強い基準であり、票割れ耐性のさらに強いものである。残念ながら二項独立性を満たす集約ルールは独裁制以外に存在しないことがアローの不可能性定理によって証明されている。ただし、二項独立性はかなり厳しい基準なので、集約ルールがそれを満たす必要性があるのかは疑問である。さらにもう一つ、耐戦略性について、残念なことに、中位ルール以外の耐戦略性を満たすルールは独裁制しか存在しないことが証明されている。


以上、3つ以上の選択肢がある中でどのルールが優れているのかを『多数決を疑う』を参考にまとめました。この本では上記の内容の他にも、ルソーの『社会契約論』をもとにそもそも民意とは何なのかということの考察、直接制と代表制の本質的な違い、国民投票における過半数という基準は妥当か、公共財の供給に関するメカニズムデザインなど興味深い話が盛りだくさんです。


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