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その音色をいつまでも

この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

時の流れは早いものだ。
私も気がつけば70歳。
夫は先に他界した。そして1人息子は結婚して独立し、近くで暮らしてくれている。

いろいろあった人生も終わりに近づいている。私は肌でそれを感じている。

私は1人になり、実は生まれて初めての一人暮らしだ。子どもの頃暮らしていた団地があった場所の近くに住んでいる。似たような団地だ。
何だか振り出しに戻った感じがするが、振り向けば私の両親や姉はもちろん、夫や息子は居ない。

自由気ままな反面、どことなく寂しさや不安はついて回る。

出来るなら夫や息子と暮らして忙しくもありながら楽しんでいた頃に戻りたい。

私は高齢で息子を1人産んでいる。本当はもう1人子どもが欲しかったのだ。
ただ、1人でも産まれて良かったと思い、受け入れてきた。

恋愛経験もほぼ夫のみ。

某アニメに推しは居た。
その人は夫にもだが、息子にすごく似ていたのだ。もともとそんな推しのような息子が欲しいと願っていたから。神様からのプレゼントだったのだろう。
私はときめきながら家庭生活を送って来たのだ。
幸せ者だったと思う。

今も息子夫婦とは仲良くしている方だと思うし、彼らは週末にご飯を食べに来てくれる。
嫁が身重なのだ。
私も優しい義理の母にたくさんお世話になったから出来る事で返したい。

1人の時間が増えた私は散歩をよくするようになったのだ。
昔から大好きだった秘密の場所まで歩いたり、近所のスーパーに買い物をしに行くのだ。

秘密の場所は煉瓦の床で、古い床屋さんや本屋さん、昔からやっている飲食店、郵便局などがある。
それに童謡が流れていて、私が子どもの頃と全くというくらい変わらないのだ。

そこだけ時が止まっている。

私は子どもの頃から何度も引越しをし、やがて大阪の東に落ち着いた。

35歳の時に、25年ぶりにとにかく無性に秘密の場所に戻りたくなり、電車を乗り継いではるばる戻ったのだ。

蘇る懐かしい記憶、子どもの頃の友人や兄弟、若い頃の両親などがひょっこり現れそうでワクワクしたのだ。

私は子どもを授かりたいという悲願がその時からあった。
何度も思うようにいかず、辛い思いをしていたが、ガッツリ向き合えば叶うんだという気づきをもらったり、何故かラブソングを歌ったり作れというメッセージを感じた事もある。

感じた通りに動いたら奇跡の不思議な道が現れたのだ。
それに36歳の頃大喧嘩してしまい、長年絶縁していた友人と待ち合わせて再会して仲直りしたのも何故かこの秘密の場所だった。

私の中ではこの秘密の場所は魔法の場所。
夫や息子を連れて来た事もある。
夫はぽかーんとしていたが息子は喜んでいて、思春期になっても一緒に来てくれたほどだ。
それだけ不思議な場所だ。

事あるごとに秘密の場所には戻っていたし、その気になれば今なら毎日でも通える。

そんなある日、秘密の場所へと歩きに行った時のこと。

まだインディーズなのか、ギターを弾いて歌う青年が居たのだ。10代後半から多く見積もっても20歳くらいに見えた。
声も癒し系でありながらもしっかりしている。
洋楽系のようだった。

金髪で目力があり、肌も白く柔らかそうで、育ちの良さを感じたのだ。
某アニメの推しや夫、息子にそっくりだった。
雰囲気的なものも。私は目を見ひらいた。
息子に弟が居たなら、彼のような感じだったはずだ。
観客も結構入っていた。

観客席に座るように誘導したり、彼は観客にも凄く優しく対応していて好印象だった。

「そちらのお母様もどうぞお座り下さい。」
彼は私の方をしっかりと見てくれていた。

「ありがとう」
これも1つのご縁だ。私は観客席に座り、彼の歌を聴かせてもらったのだ。

心が洗われていく。若くて楽しかった頃の思い出が蘇る。そしてそれはやがて感謝へ。
彼の歌を思い出しながら空想画を描いてみようかなど考えた。
もしくは若い頃叶えずじまいだったがアメリカに音楽を聴きに行ったり、スピリチュアルスポットに行ってみようかなど気持ちが前を向いた。

もう寂しく無い。大丈夫。

無料のコンサートだったが、あまりに感動したので、私は3,000円を置いて帰ろうとした。

「お母さん、受け取れませんよ!」
「いや、凄く感動したし、前向きになれたから。ありがとう。取っておいてね。」
彼は頑固に受け取らなかったが、1,000円にしたらやっと受け取ってもらえたのだ。

彼はレンと名乗っていた。
性格も良く、謙虚で美しかった。
この子は絶対に大物になるだろう。
私は確信した。

「また来てくれないかな?」
「はい。また来ます。こちら良かったら。」
レンは私に、近所でのコンサート予定を書いたフライヤーをくれたのだ。彼、ピアノも弾けるようだった。

また何度もこの秘密の場所に来てくれそうだった。
私も毎度通った。

年齢は50歳は離れているはずで全然違うが、私達は仲良くなったのだ。
お茶をしたりメッセージをやり取りしたり。
彼はいつかは東京へ行って有名な歌手になりたいと言っている。

若い子の流行を教えてくれたり、私の話も笑顔で聞いてくれたのだ。

孫が産まれて大人になったらこんな感じかも知れない。

やがて私は彼に恋愛感情を持つようになったが、年齢差もあるので秘密にしていた。墓場まで持って行こうと。
レンは勘のいい子だから気づかれていたかもだが、そんな事は関係無かった。

彼は未来ある若者だ。これから夢を掴み、プライベートでも幸せになってもらわないと。1番の彼の応援団に私はなりたいし、彼に元気をもらって前向きになれた事で、もうもう十分ではないか。それで良い。

この恋はちょっとした神様のイタズラだな。

秘密の場所にてコンサートも何も無い時にレンとバッタリ会ったり、秘密の場所の喫茶店に入ったらたまたまレンが居て、一緒にお茶をしたり、一度だけ一緒に美術館にも行った。まるで青春の再来だった。

やがて2年ほど経った時、レンがなかなか秘密の場所に姿を現さなくなり、メッセージも未読スルーが増えていったのだ。

いつかは来ると覚悟していた別れの時が来たのだろう。
ただレンが元気で居てくれたらそれで良いのだ。

やがてレンからメッセージがあった。
東京に出ていく事になり、もう秘密の場所には来られないと思うと。
これまでお世話になりましたと。

私は
良かったね。夢に近づくね。いつまでも応援しているから。いつかまた私の家にも来てね。
私も東京に遊びに行きます。

と返した。

レンとはそれっきりになってしまった。

基本私は去る者は追わずのスタンスだから、それで良いのだ。無理に追いかけても同じか、良い事は無い。

この別れは意外にこたえた。
でもしっかり前を向いて歩いていかないと。
私もレンのお陰で思い出した夢を、時間の許す限りで叶える事に決めたのだ。

別れから1年。
年末の有名テレビ番組「桃白歌合戦」。
私は毎年見ている。

出場者をインターネットで何の気無しに見ていたら

レン 【初出場】

という文字を確かに見たのだ。

まさかや。

私は早速詳しく調べたのだ。

間違いなくあのレンだった。

やはり私の目に狂いは無かった。

あの時しっかり自分の心と向き合ったからもう大丈夫だった。
それにもう彼とは簡単にやり取りをしたり手が届く関係では無くなったのだから。

だけどこれも産まれて初めてだが、桃白歌合戦を生で観に行こう。
恐らく今回きりだろう。こっそり行こうではないか。
メッセージも恐らく届かないだろうから、送るとかしないで。

帰阪後もレンをテレビで応援しよう。
私は幸せ者だな。
ありがとう






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