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ソフト童貞を奪った男

いつどこで相手の”はじめて”を奪ってしまうのか。ぼくたちは、その意識ができているようで、あまりできていない。

学生の頃だったか、バイト先の飲食店で、ソフトクリームを取り扱っていた。夏になれば、毎日のように注文がドカドカと入る。気温で溶けそうになる冷たいバニラにかぶりつく、それが旨いのだ。

ソフトクリームをつくるときは、機械でくるくるとまわす例のあれを使う。コーンの上に美しくとぐろを巻けるかどうかで、おいしさが数倍も変わると言ってもいいんじゃないだろうか。

くるくると巻いたその先っちょがすこし上向きに細長く突っ張っていると、なんだかいい感じ。

ただ破滅的に不器用なぼくは、このソフトづくりを、最初はかなり苦労したものだ。ニョロニョロっと出てくるソフトなクリームを全く支配できずに、やる気のないソフトクリームばかりを量産していた。

そんなクオリティでも、夏休みの繁忙期だったこともあり、「作り直し!」と言っている暇などなく、「おい、お前大丈夫か!?」と声かけたくなるくらい、気合のない、しょうもないフォルムのソフトクリームばかりが世にリリースされていった。

そんななか、とある家族がソフトクリームを注文してくれた。1~2歳くらいの男の子連れの夫婦。さて、ぼくは、相変わらずの低クオリティでやむを得ずにそのしょぼくれたソフトを申し訳ながらに提供した。

すると、お母さんが「わあ、○○くん、ソフトクリーム来たよー!」と楽し気に口にする。その言葉がグサリと響く。

(こんなかたちでごめんなさい...)

と心で詫びながら、男の子の表情を見ていると、ソフトクリームが到着したとたんに、目がキラキラと輝きはじめた。いや、ホントびっくりするほどにきらめいていた。デザート一つであんなに笑顔になれるものか人間は、と思うほど。

そして、すかさずお父さんがカメラを取り出した。ソフトクリームと男の子のツーショット写真をパシャパシャと撮りはじめる。

(うへー、わあ、すいませんーーーーー)

と心の汗をダラダラと搔きながらも、そのヘナチョコソフトは、男の子と夫婦を大いに喜ばれていた。

おそらく、この男の子にとってのはじめてのソフトクリームだったんじゃないだろうか。だから、ちゃんと記録にしっかりと残していたのだろうし、お母さんお父さんも異常なくらいはしゃいでいたんじゃないかって。

ぼくは知らず知らずのうちに男の子のソフトクリーム童貞を奪ってしまっていたようだ。

そう、まさに「~てしまった」という言葉通り、無意識のうちに、彼の”はじめて”に立ち会っていたわけだ。最初から、それがわかっていれば、もう少し気合を入れて、ソフトクリームに挑んでいただろう。撮影を予期していれば、フォトジェニック巻きもできたからもしれない。

明らかに油断していた。反省!猛省!

いま、あらためて思う。はじめてのスタバ、はじめての電車、はじめてのチュー、はじめての日本人、はじめてのイベント参加、はじめてのバー......自分がいつどこで奪ってしまうかなんてよくわかんないんだなあ。

はじめての○○は、その人にとっては驚きだったり、発見だったり、新たな体験をつくっているわけだ。そう考えると、ヘタな”はじめて”で○○童貞を奪わないようにしたい(トホホ)。

あ、そういえば、最近ぼくは奈良の「紀寺の家」で、思いがけず「土間×ベッドルーム」童貞を奪われてしまった。あぁ。すんごい落ち着くし、気づきのある極上空間でした。

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