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酔眼朦朧としているぼくたちなんです

酔眼朦朧とさせる東京なんです

LEO今井『東京電燈』の冒頭にあるこの一文は、日本の都会とはなんなのかについて考えるのにいい言葉だと思う。

酔眼朦朧:酒に酔ってとろりとした目付きになり、頭もぼうっとして、辺りの物がはっきり見えないさま。「酔眼」は酒に酔ったときのとろんとして定まらない目付き。「朦朧」はかすんではっきりしない様子。

都会には見えない力がたくさん働いていて、この場所にしがみつかなくちゃ、とか、この場所のルールに従わなくちゃ、と無理やりに人を引き寄せる磁場があるように思える。

そのとき、ぼくらは、気づいてないかもしれないが、頭はぼうっとしたまま、自分がどうありたいのかがはっきりと見えないまま、日々を繰り返しているのかもしれない。

酔眼朦朧とさせる東京なんだけど、その東京は酔眼朦朧としているぼくたちが構成しているのだ。都会的ななにかを愛でながらも、ぼくたちの暮らしは、これからどこに向かっていくんだろう。


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