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『偏好演芸日記』#4 令和6年3月篇

往く、逃げる、去る、の3月ですな。

社会人、年度末は忙殺が常ということで今月は参戦少なめ。
その分たっぷり、といきたいが己の筆力や如何に。

***

2024.03.16
文春落語「柳家喬太郎の落語ウラオモテ」
於 文藝春秋西館地下ホール

第一部 長井好弘・柳家喬太郎による落語400年の歴史解説
第二部 落語家 柳家喬太郎ができるまで
ーお仲入りー
「らくだ」喬太郎

文春主催の“講座”という形式を取る、一風変わった会。
“コウザ”って、同音異義語が多すぎない?

先着100名が整番通りに入場。自分は某所でライブを演った足で行ったので、受付でギターを預ける。落語の会に楽器を持ち込んでいる時点で門前払いされそうなところを、懇切丁寧に対応してくださって助かる。ちなみに、鈴本演芸場の受付も楽器を預かってくださいます。ありがてぇ…。

この日は配信無し、録画も無しということで、現場にいる面々でしか共有できないような放送禁止エピソードのオンパレード。喬太郎師匠が「私は皆さんを信用して話しますからね」と優しく言った後、文春スタッフさんに向かって「そこが1番危ないんだよ!絶対に書くなよ!」と本気で釘を刺していて笑う。

体感クローズドな会だったので正直どこまで何を書いていいのか分からないが、ま、こんなnoteそんなにビュー数もつかねぇだろう!と踏んで書きます。

流れはこんな感じ。

第一部は、演芸評論家・長井さんと喬太郎師匠による“落語の歴史”講座。落語の歴史は当然遡れば長く、およそ400年を背負っている。それを15分くらいでサクッと解説。

第二部は、ゲスト・喬太郎師匠の噺家人生をゼロから振り返るという企画。40分くらい。その後、質疑応答のコーナーがあって、仲入りを挟んで喬太郎師匠の落語を一席。

さて、文献を漁れば落語の歴史に関する話は湧いて出てくると思うので、ここでは記録程度にざっくり解説。

目安として、落語が誕生して400年、落語家が誕生して300年、寄席が誕生して200年、落語協会が誕生して100年、と覚えると分かりやすい。さらに意訳で書いていくと、元々は京都の高僧が“オモシロ説教”をしていたのが落語の源流であり、文献にも残っている。その後、大阪、京都、江戸で同時多発的に落語家という存在が生まれる。長井さん曰く「当時は街道も通信もまだまだ発展途上だったのに、各所で同時期に落語家が出てきたのは興味深い」。

古今亭志ん生、志ん朝、三遊亭圓生、桂文楽、金原亭馬生など、錚々たる名前が会場を飛び交う中、喬太郎師匠が「“古今亭志ん朝”という落語家の死が早すぎた。あれは“ひとつの時代が終わった”のではなく“来るべきひとつの時代が来なかった”という表現が正しいと思う」(意訳)と仰っていたのが印象的だった。

確か第二部だった気がするが、喬太郎師匠と長井さんが口を揃えて「新作は古典より古くなるのが早い」と仰っていた。新作落語を多く手掛けている喬太郎師匠は「『すみれ荘二〇一号』や『純情日記』は、今は古典として演っている」とお話ししていた。なるほど今は固定電話が無い家も増えたからなぁ、と思ったり。また、ネタに関して言えば『芝カマ』はネタ出しができない噺のようで、その時のノリと精神状態で演るか否か決めるそうだ。いつか聴けたら良いなぁ。そんな『芝カマ』は、ネタ下ろしした際、登場人物が勝手に動いて、本来予定していたサゲとは違う展開になった、とも語っていた。

貴重な会話が耳に溢れんばかり流れていく中で、喬太郎師匠が落研時代にやっていた一発ギャグを披露してくださり会場は大盛り上がり。そのネタは『夢空間』のYouTubeチャンネルの最後の方で拝見できるが、生で見られるとは嬉しい限り。

ところでこの動画、サムネの歌武蔵師匠と喬太郎師匠の表情がイイ…。噺家さんのオフな会話が面白くて何回も見ている。

それはともかく。

お話ししているとあれもこれもと話題は脱線するようで、“落語家 柳家喬太郎ができるまで”(=前座から真打昇進、現在まで)というタイトルだったものの第二部はまさかの入門前でタイムアップ。「できるまで、どころか、まだ落語家になってすらなっていない」というオチに。

「こんなに押してますが休憩を取るようです」と、細かいところでも笑いを誘い、仲入りを挟んで、最後に喬太郎師匠が7〜8分で落語を一席やってくださる。ネタは『らくだ』。
このエッセイで毎度お馴染みのApple Musicでも『らくだ』は様々な師匠の音源が聴けるが、収録音源なだけあってほとんどが最初から最後まで演っている気がする。自分もそれで覚えていたから、このネタを8分で…?と、目を瞠った。

見事に短縮されながらも確かな『らくだ』に脱帽。こうやってネタも伸縮するんだなと学ぶ。せっかくなら長講が聴きたかったナァと思っていた気持ちが嘘のように恥ずかしい。さすが喬太郎師匠…本当に面白かった。

最初から最後まで勉強になる“コウザ”だった。
文藝春秋西館に向かって感謝の合掌。

2024.03.18
神田伯山PLUS
於 イイノホール

「将棋のご意見」青之丞【前座】
「姨捨正宗(本阿弥光悦)」伯山
「真柄のお秀」はる乃/美舟
ーお仲入りー
「二度目の清書」伯山

3月度の伯山PLUS、ゲストは浪曲師の国本はる乃さん。このエッセイ執筆当時で28歳、最年少浪曲師との事。伯山先生は「後輩だけど後輩という感じがしない。将来的にもしかしたら人間国宝になるかもしれない。節回しが天才。素晴らしい浪曲師」と、ベタ褒め。

会場全体の期待値が上がる中、まずは伯山先生の『本阿弥光悦』から。これが爆裂に面白い。腹抱えて笑う講談があるとは。

徳川の2代将軍秀忠に命じられ、全国各地の名刀を調査している本阿弥光悦が主人公。彼が訪れた信州のとある村に、なんと名刀“正宗”があると言うが…という物語。大体この手の展開で披露されるモノは贋作であろうが、“正宗”を正真正銘の本物だと信じてやまない村の人々と交流していくうちに光悦はまさかの行動に。

続きは是非講談で聴いていただきたい。

話中、刀に息が付かぬようにと手拭いを口に挟み、刀に見立てた張り扇をスッ…と抜く伯山先生の眼差しが光悦の仕事ぶりを想起させる。

そうやって勅命に真摯に向き合う光悦の真面目な芝居と、田舎染みた声色をしたおじいさんの愚直な「マサムネ、ありマス」のしたり顔とのギャップがトリガーとなり、会場はドッカンドッカンの大爆笑。アドリブっぽいやり取りが病みつきになる可笑しさで、20分程度と断っていた話が35分になる。

続いて会場の期待値が爆上がりの中、颯爽と登場したはる乃さん。高座もお着物も華やかで、なんだか既に満足してしまう。
お三味線は広沢美舟さん。美しい横顔に見惚れ、心地良い合いの手に聴き惚れる。

はる乃さんは浪曲師になったキッカケについて、エピソードを丁寧に語ってくださった。

まだ幼い頃、父親の知人に「習い事は何をしているのか」を訊かれた際「ピアノです」と答えたところ、その知人に「ピアノっていう顔じゃない。三味線って顔だ」(意訳)と言われたと言う。とんでもない言い草に会場爆笑。
これがキッカケとなり、三味線教室へ行くも浪曲用の三味線が太棹だったため9歳の手では持てず、じゃあ唄のほうをやろう、となったのが浪曲との出会いだそう。
高校3年生で進路を考えたとき、普通に安定した職に就こうか悩んだが、「ずっと続けてきたのにもったいない。応援するからやってみたら」(意訳)という両親の後押しで木馬亭にて志願しプロの浪曲師になったという。父親の知人、恐るべし。

『真柄のお秀』は、縦に6尺・横に6尺もあろう宿屋の大女・お秀が主人公。ディズニー映画『ノートルダムの鐘』のカジモドにせよ、世間から醜いと言われる姿のキャラクターは大抵、聖人のような振る舞いを身につけているらしく、お秀も漏れず如才が無い。
そんなお秀が働く宿に泊まった際、イタズラにお秀にプロポーズした男がいる。そして、それを真に受けたお秀。双方の気持ちがすれ違いまくるドタバタ劇の開幕である。

9歳から唸っているキャリアは凄まじいようで、浪曲について何の知識も持ち合わせていない自分でも聴きやすく面白かった。はる乃さんの高低伸びやかな声が、会場の誰一人を置いて行くことなく響き渡る。独特の節回しについて行けるか心配していたのも杞憂と終わり、むしろ浪曲オモシロ!という新たな発見をする。

小学生くらいの頃だったか。子どもにも分かるようにだろう、音楽の先生に「浪曲というものは日本版ミュージカル」と教えられたことがあった気がする。まさにそんな感じだ。歌と芝居がテンポよく進むのが気持ち良く、飽きない。

大盛況のはる乃さんを終え、伯山先生は『二度目の清書』。聴くのは今年2回目。前回に聴いた時より、言い立てがスッと頭に入って、こちらも気持ち良く理解できた。

2024.03.29
第669回 TBS落語研究会
於 日本橋劇場

「悋気の独楽」歌彦
「普段の袴」喬太郎
「干物箱」柳橋
ーお仲入りー
「花見酒」一之輔
「寝床」龍志

TBS主催の落語会。実家では観たことないのだが、TBSのCSで放送している落語の番組である。いわゆる、その観覧者という身分で参加。
席が最後列だったので、テレビの撮影機材班の方々が忙しそうにやり取りしているのを横目に見つつ席に着く。

この日、初めて春風亭一之輔師匠の高座を拝見する。ラジオっ子なので『春風亭一之輔のあなたとハッピー!』(ニッポン放送)は当然知っていて何なら毎週聴いているのだが、落語を聴くのは初。ずっと拝見したいと思っていたので、とても嬉しい。

そんな一之輔師匠の軽妙なまくらが面白い。

まず「日本で“花”と言えば桜ですが」と前置きした後「八っつぁん、花見行こうぜ!」「おう、桜だな!」という会話が外国だとどうなるか?を提起。「まぁオランダだと、八っつぁん…は居ないですけど」に思わず吹き出す。
気を取り直して「ヨハン、花見行こうぜ!」「おう、チューリップだな!」…「風車があるね」「海抜が低いね」「平均身長が高いね」と、持ち得るオランダ知識を披露する一之輔師匠。
「メキシコだと…ホセ、花見行こうぜ!」「おう、サボテンだな!」「これが本当の『サボテンの花』、『チューリップ』という…」に会場は拍手で大盛り上がり。間髪入れない「中高年しか笑ってませんね」に、もうひと笑い。

まくらで加速した後の『花見酒』は、この時期にぴったり。江戸時代はこんな風景がそこらにたくさん見れたんだろうな。

気軽にタイムスリップできる、落語は1番のタイムマシンだ。

重厚な古典を5席じっくり聴いて帰宅。文字通り、落語を浴びた。

2024.03.31
柳家さん喬一門会 夜の部
於 鈴本演芸場

(落語体操)
「芋俵」小きち【前座】
「牛の花子」やなぎ
「厩火事」さん花
(コント)「五十両」左龍・喬之助・さん助・小平太・㐂三郎・小太郎
「手紙無筆」小傳次
「抜け雀」さん喬
ーお仲入りー
(漫才)「長襦袢ズ」喬志郎・さん花
「家見舞い」小志ん
「紺屋高尾」喬志郎
(奇術)小太郎・ダーク広和
「カラダの幇間」喬太郎

年度締めにこれ以上ない催し物。春のお祭り。
落語好きのココロをくすぐるネタが盛りだくさん。
この日は書くこといっぱいあるぞォ。

まず『落語体操』。
何この字面だけでオモロい言葉。

緞帳が上がると、ステテコ姿のさん喬一門(複数名)が高座にスタンバイ。早くも客席からは笑いと拍手が沸き、そんな中“ラジオ体操第一”がスタート。
始めの方こそ「手と脚の運動でーす」と一般的なラジオ体操だったものの、突然「はーい、次は『初天神』でーす」とアナウンスが入り会場は爆笑の渦。ヨーイヨーイヨイ、ヨイトコラショ、という落語好きのツボを押さえた替え歌が最高。全篇思い出せないのが悔やまれるが、是非明日からやりたい体操である。

そして前座さん登場。方々で小きちさんはかなり拝見している気がするが、毎度滑舌が良く聴き取りやすい。噛んでいるところもほぼ見かけたことがないし、声量も申し分なく、ちゃんと面白くて、個人的にメチャクチャ安定した前座さん、という印象。
そんな小きちさん、古今亭志ん雀師匠のXで「元海上自衛隊三等海尉」と紹介されていてびっくり。本当に色々な噺家さんがいる。

続いて、柳家やなぎさん。「東京に出るよりロシアに亡命する方が早い」という北海道は別海町のご出身で、“別海町漫談”とも言えそうなまくらで飛ばしまくり笑いをかっ攫う。多分やなぎさんの高座で今後も披露されてゆく気がするので、ここでは敢えて詳細には記載しないが、あれだけネタ盛り沢山で印象的な地元が羨ましい。

「昼夜で5回目の高座にして初めての落語」と、いきなり自嘲気味に笑いを誘ったのは、さん花師匠。フライングダイナソーみたいなやなぎさんの高座直後に本寸法の古典『厩火事』で地に足をつけた感じになる。

地につけた足がまたまた浮かされることになる、今度はコント『五十両』。『文七元結』の身投げの場面から始まり、『芝浜』や『井戸の茶碗』など“五十両”が出てくる噺が抜粋されて物語が繋がれてゆく。これもまた落語好きの心をくすぐる。思えば“五十両”って、結構な頻度で出てくるんだなぁ、落語で重要なキーワードなんだなぁ、と実感。実際は、こんなしみじみ実感する間も無く笑い転げていたが。

コント明けは小傳次師匠『手紙無筆』。浮世離れした爆笑ネタからの堂々本寸法落語という良い意味での高低差に沼ってくる。謎の中毒性。
江戸時代の庶民の識字率は実はそんなに低くなかったから手紙も読めたのでは、という話を風の噂で聞いたことはあるが、こういう落語が残っているということは、むしろ識字率が高かった(=読めない人を笑った)とも言えそうだなぁ、なんて真面目に考えたりする。

仲入り前は、愉快すぎる一門の師であるさん喬師匠が高座へ。さん喬師匠は、ご自身の師である5代目柳家小さん師匠との旅の思い出をまくらで語る。旅先でも同じ部屋で寝たり、駅そばを電車が来る間際の10分で食べたり。せっかちな小さん師匠に振り回されたというエピソードの中で、ノスタルジックな記憶に滲む幸福が垣間見える。地方で体調を崩した小さん師匠を看病し、東京に戻ってきた際「ありがとうな」と言われて嬉しかった、という話はとても良かった。小さん師匠、さん喬師匠、と続いて、今日この“さん喬一門会”があるんだなぁ、と今度は確かにしみじみと思う。『抜け雀』は親子の噺。師弟を想いながら聴くのも、また一興。

仲後は落ち着くかと思えば、そうではない。後半は、さん花師匠と喬志郎師匠の漫才で幕開けである。

これがシュールに輪をかけてシュールで面白かった。ただ、この漫才の面白さを文章にすることができない。悔しい。メチャクチャ面白かったのに書けないのが悔しい。とりあえず、「エーッヌ!」と叫ぶ喬志郎師匠が今も頭を巡ることだけは記述しておこう。ちなみに、表記揺れがあるかもしれないが『長襦袢ズ』というユニットらしい。「エーッヌ!」は、『長襦袢ズ』の“N”。

台風のように過ぎ去った『長襦袢ズ』の後は小志ん師匠で『家見舞い』。前半に続き、後半も“良い意味でのテンション高低差中毒”は続く。

『家見舞い』、音源で初めて聴いたときは個人的にサゲがちょっと分かりにくいネタだなぁ、と思っていたので最後まで演らなかった小志ん師匠のサゲは初心者にも易しかった気がする。そもそも『家見舞い』っていう演題に現代人(特に自分の世代)は馴染みが無さそう。

先ほど長襦袢姿で「エーッヌ!」と叫んでいた喬志郎師匠が今度は着物で登場。高座に上がるや否や「時間が大変押しておりまして、こんなときに出てくるのが喬志郎でございます」と慌ただしく挨拶。「とにかく時間がない」ことを強調した上で『紺屋高尾』がスタート。もはや速すぎてほとんど聴き取れない超スピード落語に会場は大爆笑。「で、〇〇しまして、」という落語らしからぬ端折り方には手を叩いて笑い、噺の途中で「師匠に怒られる!」と高座にうなだれる喬志郎師匠にまた爆笑と拍手が沸く。ある意味、これ以上ない喝采の高座。偶然の産物というか悲劇というか喜劇というか。これはこれで最高のエンターテイメントだったと思う。

喬志郎師匠が嵐のように過ぎ去り、何事もなかったかのようにダーク広和先生と助手役の小太郎さんが登場。だから、この高低差が沼なんだってば!(褒めてる)

入口でパンフレットと一緒に貰ったトランプを使った奇術は、お客さんも自分の手で楽しめるという素敵なネタ。さん喬師匠が書かれた色紙のプレゼントがあったり、ほっこりした時間。

トリはさん喬師匠の一番弟子・喬太郎師匠。満を持して会場に流れる“まかしょ”。
「入門当時は、なんでさん喬さんにあんな弟子が…と言われた」と話した後「あいつらはいいの?!」と、これまで登場した愉快すぎる弟弟子たちを引き合いに笑いを誘う。「あの漫才は嫌いじゃない」(意訳)と、喬志郎師匠とさん花師匠を労い、さらに「時間がないなら『紺屋高尾』なんてやるんじゃない」と突っ込む。喬志郎師匠の爆風みたいな高座が思い出されて笑いが起きる客席に「でもあれ演ってる方は気持ち良いんですよ」と、扇子を煽ぐ喬太郎師匠のまくらに安心感。

ネタは『カラダの幇間』。林家彦いち師匠作という。直近のSWA公演でかけられたネタで、SWA落選の身としては嬉しさもひとしお。比較的ファンタジー色の強い噺ながら、リアリティを感じる芝居には脱帽。噺の中で『長襦袢ズ』のネタや「不適切にもほどがある!」という流行りの台詞を織り込んでいく展開もさすがで舌を巻く。
今日、怒涛の勢いで登場した一門のネタを回収していく様はミステリ小説の残り数ページと同じ快感があった。間違いなく、聴いてる方は気持ち良いんですよ。

文字通り大団円でお開き。
終わりよければすべて良し。2023年度、最高でしたな。

***

ところで、2024年度の春先は夏日の翌日に寒の戻りがあったりと天気の変化が激しい。
高低差中毒とはいえ、なかなか勘弁してほしいものである。

特効薬は高座に限る。


それでは、また次回。

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