ロンド
貸していないものを返すと言われた。
「返したいものがあるから会って欲しい。」
私とその人は一年ほど交際して別れたばかりだった。その人はどこかのタイミングで、ややこしい沼のような場所に半ば無理やり誘導されていってた。
その人がどうしてそんな場所に誘導されなければいけないのか私にはわからなかった。私が知っているその人は『ややこしい沼地』になんてこれっぽっちも興味ないはずだった。その人は最後自分に暗示をかけ自ら嬉々として沼地に繰り出していった。結局その人は沼地で溺れ私に助けを求めた。しかしながら私にはどうすることもできなかったのだ。その人の手を掴めば私も沼地に引きずり込まれてしまう。それはできなかった。
「返したいものがあるから会って欲しい。」
その人に物を貸した覚えはない。最後に会ったときにしっかり確認したのた。2度と会うことはないのだから。
「何も貸していないし会うことはできない。私の思い違いなら指定の場所に送って欲しい。」
私はそう連絡をした。
数日後に小さな小包が届いた。
「長々と借りてしまい申し訳ない。ちゃんとしなければならないと思っています。」
小包に添えられたカードに書かれていた。私はその人の書く文字が嫌いだった。それぞれの文字の横線を一角だけかならず誇張して長めにとる、その小賢しい気取った文字が嫌いだった。
小包の中には松ぼっくりが1つと碁石が3つ入っていた。
私はその人に松ぼっくりと碁石を貸した覚えがない。渡した覚えもない。そんなものを話題にしたこともない。身に覚えがない。
途方に暮れていると、その人から連絡があった。
「返したいものがある。」
私は何も貸していないし、その人は私に何も借りていない。私はその人がどうして借りてもいないものを返さずにはいられないのか、考えようと思った。しかしそれはやめにしよう。私にはもう関係ないのだから。