【超短編小説】次の大皿を誰が盛るか


炎天下の空、彼女は土煙を巻き上げながら今日も走ることに精を出す。土曜日のまっさらなグラウンドに二人の人影があった。

「はぁっ……ふ……師匠~!もー一本お願いしますー!」

彼女は川上彩香。
高校2年生で、陸上部に所属するうちのエースだ。

「はいよ、無理はすんなよー」

100メートルを測定してのストップウォッチは13秒ギリギリ。白線が引かれた場所に腿を上げながらゆっくりと戻っていく。はじめはどうなることかと思ったけど、随分と興味を示してくれたみたいで。

というのも、コイツの両親は大の競馬好きで本当は競馬学校に通わせたかったみたいだ。ただ、発育……というか、体重で制限をくらってしまって通えなかったらしい。
……陸上を始めたのも、競馬を見続けて「走るお馬さんの気持ちを考えると気持ち良さそうで」とかヘンテコな理由。
でも、本人は至って楽しそうだし、弱音ひとつ吐き出さない。そんなところは僕も見習わないといけないところかも、と感じる。

かくいう僕は陸上部の外部指導者として働いているコイツの"師匠"こと野上恵太。現在は母の家業を継ぐために修行中だ。
高校まで陸上をしていたこともあってメンタルケアや筋肉の使い方などのアドバイスができることからダメ元で訊いてみたところ、許可を出してくれた、って感じ。

「12時になったら日も高くなるし、終わりにするぞー」

「はあーい……それじゃあラスト追い込みますよっ!」


ちょうど街の鐘が鳴ったころ、日の当たる石階段でストレッチをしていた彼女にスポーツドリンクを手渡す。

「お疲れ、今日の調子はどんな感じだった?」
500mlのペットボトルをきゅーっと飲み干すと、顔をぬぐうことなくこちらを向く。

「んー、相手がいないからわかんなかったけど、かなり仕掛けどころがわかった気がする」

「その調子のまま秋の大会まで頑張ってみるか。鍵返してくる」

「はあーい」

職員室へ鍵を返却し、正門で待っている彼女を見やる。
……休みの日に頑張ったご褒美を待っている眼差し。彼女にとっては毎週のお楽しみ、というわけだ。

「うまーっ!」

「まだまだたくさんあるからね、ゆっくり食べていき」

「ありがとうございます!」

そういって後ろを着いてきた先は僕の実家……和菓子屋「叢雲」。僕はここの祖母の跡取りってわけだ。
コイツは運動する分摂取する食事の量もかなりの多さで今や僕を頭ひとつ分くらい抜けてデカい。その中でも……好きなのは特製のタレを使った"みたらし団子"だ。
甘じょっぱくない絶妙な食感でウチの和菓子屋では最中の次に売れ行きがいい。

「んま、んま」

桜餅と持参のプロテインを一緒に摂取するコイツを見て祖母は上機嫌だ。

「あんたの教え子は食いっぷりがいいからねえ、あたしも作る甲斐があるよ」

「私の生き甲斐です!」

追加のみたらし団子をおかわりしたところで矛先がこちらへ向く。

「師匠もはやく作れるようになるんだよー」

「まあ……おふくろに近づけるように頑張ってはいるよ」

師匠と呼ばれる所以。
それは僕が将来和菓子職人として、コーチとして指導者の道を期待しての言葉だ。もちろんその言葉自体に嫌な気はしないし、むしろ力になってやりたい気持ちが強い。

「じゃあ僕も作ってくるね」

「おーす!」

秋の大会前、彩香はとんでもないことを言い出した。

「私が大会で優勝したら……私も和菓子作ってみようと思うの」

「んっ……!?」

さすがにびっくりしたけど、どうやら職人になるという話ではないらしい。それは僕へのエールを込めての意味もあっただろう。

「でも、師匠のおかげで順調にタイムも縮まってきてるし……本気で考えてやってもいいんだよ~?」

いたずらっぽく歯が太陽に照りつけられて、妙に真面目に捉えかねない。

「お前なあ……あんまりからかうなよ、まだ屋号持てるくらいの技量持ってる訳でもないし」

「そのときに私もいれば実質二倍じゃん?」

……どうしてもポンコツな部分は拭いきれないとして、それでもコイツの言葉には芯があるように思えた。誰かのために頑張るのではなく、自身もそうしたいのであると。

「だから師匠……見ててね!」

結果的に彩香は1着で走りきることができた。喜びと同時に、冷や汗が顔を伝った。

(……もしかして)

「ずっと面倒見なきゃいけない?」

「もっちろん!」

満面の笑みで答える彼女には迷いはなかった。
自身のために走ること、その気持ちは変わらない。たくさんのこちらへの恩も兼ねてだと。

「だからさ、もっと私に食べさせてよ、お願いお願い」

「僕はヒモか何か?」

まだ出発どころか、ここからが始まりだと思うけど。彼女からの言葉に、僕も迷いを捨てることができた。
やっとの思いで試しの品を、同時に口へと運ぶ。

「「んっまーい!」」

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