【超短編小説】夢の向こう

朝の光が優しく……いや、激しく枕元を映す。
悔しい思いでたくさんだ。どうして記憶は元に戻らないのか。神がいるならばずうっとここに閉じ込めてくれ、と。

やっとの思いで覚めた夢なのに、どうしても続きを知りたくなってしまう。そうでもないのか、僕はうっすらとした記憶のなか学校への支度を急ぐ。

夢というものは不思議なものだ。体が宙に浮かんだり、自分の念がそこにあるかのように自在に操れたりするような感覚にも陥る。
青空のもと横断歩道の補導のおじちゃんに手を振って今日も気持ちのいい通学を楽しんだ。

「暇だなー……」

昼休みのこと、いつものように端っこの席でぽつりと独り言を漏らす。
"夢日記"と称されたノートに今朝見た若干の記憶をたよりに書き連ねる。

(ええと、今朝は……二度寝したあとに……人気のキャラクターと……お食事にいったんだっけな)

外からはボール遊びに夢中な元気な少年たちの声が響き渡る。僕はこの空間で自分だけのことをするのが大好きだ。ひとり日記を見返しては、その情景を思い浮かべてにやにやする。

(こんな夢もあったなぁ、楽しかった)

またいつか続きを見たい、そんな日はいくらでもある。ただ、どうしても夢というものはわからない、叶わないからこそ面白い。中学生ながらに、将来は夢の研究者の一人として携わりたいとさえ考えている。

何の変哲のない毎日の学校はあまりにも退屈で、僕は夢を見ることが一日の楽しみだ。だから夢を見なかった……正確には覚えていない日はがっかりしてたまらない。今日なんかはかなり楽しい夢だったから見ないよりはマシといったところか。

(今日も特に何もなくおわり、っと)

放課後のチャイムと同時に教室を抜け出す。今日は人気コミックの最新刊の発売日だ。都会行きの電車に乗って見慣れない景色の中探し回らないと見つからない。

相変わらず大人ばかりに翻弄される改札を抜け、目的の本屋へとコピーした地図を片手に探る。あまりの複雑さに戸惑いつつ、目的の本屋はあった……が。

(ええっ!? あ、あの……絵梨香様がいる!?)

絵梨香様というのは今日発売されるコミックの人気キャラクターだ。敵か味方かわからない中立的な立場においてその大人っぽい振る舞いや妖艶さも相まって人気……あれ?しかもあれって、夢で見たような感じの……。

「ん? どうしたのかな~キミ?」

「ひっ!?」

入口付近でまじまじと見つめていると、桃色の髪を靡かせながらこちらへ寄ってくる絵梨香様の姿が。

「どうしたの? 最新刊買いにきた?」

僕の頭ひとつぶんは高い彼女を見上げ、口をぱくぱくさせながら必死に声を絞り出した。

「はっは、そうです!」

そうすると、彼女は笑いながら頭を撫でてくれた。また細い笑みを浮かべている表情も、まるで現実世界に飛び込んできたように。

「キミみたいな子がこの漫画好きだなんて珍しいね。お姉さん嬉しくなっちゃったな」

たぶん、お母さん以外の人から撫でられたのは初めてで……。その時、僕はこれが夢か現実かわからなくなってしまった。思いどおりに、最新刊は買えたけれども、そこまでの記憶が本当にぼーっとして頭から離れなくて……。

手元にあるのは、絵梨香様が描かれた小さなポストカードの特典。枕元にお守りのように置いておくことにした。


……また、いつか夢の続きが見られるように。
それは、現実か夢かすらもわからない……。

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