【超短編小説】快晴の先に見た人
雨。
天気予報の0%は5%未満のことを指すらしい。
今日も0%で雨が降った。
当然傘は持ってくることなく、僕だけが部活動で遅くなってしまった。
こんなにも雨が嫌いだと思ったことはない。濡れる、寒い、風邪をひく。悪いことばかりで仕方がない。
特に冬、夕方の雨というのはどうしてこうも薄暗く不気味なのだろうか。
通学にバスを用する遠方の僕にとってはかなり気分が重く感じてしまう。
(雨……)
想像以上の土砂降り。夕焼け空と薄雲が混じって気味悪い天気だ。
バスの迎えを待とうと、木製のベンチにかけようとしても濡れてしまって立ち続けることしかできない。
次のバスは20分後だというのに__
「ねえキミ、隣いいかな?」
「どうぞ」
適当に開いた教科書を空目しながら気返事を送る。
隣に座った女性は気にする様子もなく濡れたベンチに腰かけた。
ちらりと見やるが平気そうに微笑んでいる姿が転機と相まって妙に怖気づいてしまう。
(平気……なのか?)
教科書を閉じ、恐る恐る聞いてみた。
「濡れても平気……なんですか?」
その女性は、そっとこちらに視線を合わせるように言った。
「……どうだと思う?」
やけに挑発的な瞳に僕は不意にも身震いした。まるでこの女性はこちらからの問いを待っていたかのように。
「……雨が好き、とか」
うっすらと笑いながら答えた。
その女性は茶化すことなく、答えてくれた。
「う~ん、正解といえば正解。
私はね、雨の日が好きなんだよ~」
「雨の日が……好き?」
まるで僕とは正反対だ。こんなジメジメして嫌な空気が好きだなんて。
胸ポケットからカメラを取りだし、こちらへ一枚の写真を見せてくれた。
「カエル?」
「そう、かわいいでしょ」
草に乗る一匹のアマガエルと水滴が至近距離で撮影された写真だ。
ほかにも二重虹や雷雨の街、水たまりに映る自身の姿など、様々だ。
そうこうしているうちにバスはやってきて、濡れていることも気づけないほど鑑賞に浸っていた。
「じゃあね、気を付けてね」
「あれ、バスは……」
戸惑う僕に、女性は淡々と告げる。
「私ね、バスに乗る必要はないんだ」
「……そうですか」
とりあえず礼をして、バスの窓からも見やる。
彼女はじーっとベンチに腰かけたまま、動かない。不思議なことに、そこに人がいるようには思えなかった。何故だ。
雨雲の空、揺れる車内。
乗ったところでようやく気付いたズボンのシミにすこしばかり恥じらいを覚え、つり革をつかんで帰宅した。
……あの女性は一体何が目的でバス停にいたんだろう。
その事が気になって、次の日も、その次の日も。
けれども、あの女性は来なかった。そして__
(……雨だ)
約2週間ぶりの雨だ。
ここ数日、楽しみにしていた自分がいた。
帰りのバスを待っていると……来た。
「久しぶり、また会ったね」
また、あのパーカー姿の彼女だ。今日はちょっとばかりキレイに見えなくもない。内心、楽しみにしていたのだから。
「お姉さんは雨が降るとここに来るんですね」
彼女は伸びをしながら答えた。
「ん-っ、半分正解で半分は不正解」
「ええっ、それってどういうことですか」
彼女は不敵な笑みを浮かべながらこちらを凝視した。
「……どういうことだと思う?」
「……っ」
圧倒されながらも、わずかに目を合わせる。
「僕に会いたがってるとか?」
さすがに調子に乗っていそうな発言だが、落ち着いた表情で彼女は言った。
「……面白いこというね、キミ。違うよ、単純に乗る路線が違うだけ」
「む……」
「ま、まあそんなにしょんぼりしないでよ。キミ目当てって言ってほしかったの?」
ちょっぴり傷ついた傷を癒すように、頭を優しくなでる。
「……ちょっとは」
「あはは、なにそれ。可愛いね」
「……っ!」
どうしてこういじられるのは気分が揺れ動いてしまうのか。僕はお姉さんに翻弄されるがまま、到着までの時間を過ごしてしまった。
「あの、お姉さん……もうバス来ますから」
「ん?ああ、そうだったね。またね」
「……はい」
なでる手を退け、僕は急いで乗車口へと向かった。
連絡先を交換しようか、そんな提案を期待していたけれどもあちらの調子にはどうも狂わされている気がしてならない。
……ただ、こんな雨が降る日を楽しみにしたことが僕にとっての成長なのかもしれない。
また明日も、雨が降るといいな__
明後日の方向の空は、ずっと晴れ渡っていた。
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