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「何かあったら相談してね」でなぜ相談がこないのか

「何かあったら相談してね」

会社でも家族でも人が集まる場所ではよく耳にする言葉だと思います。多分僕もよく言ってる。

では、その言葉を聞いたときに「よし、相談しよう」と思ったことはありますか? 僕はありません。逆に、「何かあったら相談してね」と声をかけて相談がきたことはありますか? これもありません。

なぜか。それは発言者が「相談されるような人間」ではないから。キツイ内容ですが最近わかってきたのでそれを書いておきたいと思います。

行動はかならず言葉にまさる

たとえば、いつも部下のことを観察し部下が元気のない時に気さくに声をかけるAさんと、自分がどうやったら偉く見られるかだけを考えているBさんがいたとします。

その二人が「何かあったら相談してね」と部下に声をかける。もしかするとAさんはそれで部下から相談がくるかもしれません。でも、Bさんには相談が来ないはずです。なぜなら、ふだん誰かから相談されるような行動をしていないから。バイキンマンに「困ったことがあったら気軽に相談して!なんでもするから!」と声をかけられても怖いだけですよね。人は発言ではなく行動を見ているので、行動はかならず言葉にまさります。

この言葉は僕が考えたわけではなく、最近読んだ本に書いてあった言葉です。

▲実態のない「企業文化」について理解の深まる面白い本でした。


本書からそのまま抜粋すると

行動はかならず言葉にまさる。それが文化というものだ。

となります。この「文化」を「人」に置き換えても意味が通るなあと。

行動はかならず言葉にまさる。それが人というものだ。

何を言うかではなく、どう行動してきたか。その積み上げが人をつくる。最近しみじみそう感じています。


おい俺、俺は、相談される人間か?

もう一つ、「何かあったら相談してね」のよくないところは、課題は相手にあると錯覚してしまうところ。

どういうことか。もしあなたが10人程度のチームをまとめるリーダーだとします。会社は完全リモートワーク。コミュニケーションが希薄になる環境なので、部下のメンタルを心配したあなたは「何かあったら相談してね」とオンラインMTGで投げかけます。

どうですか?「自分結構やってんな?」と思いませんか。そしておそらく無意識に「あとは相談を待つだけだな」と思うはずです。自分はもうボールを相手に投げてしまったと安心してしまうんですね。そして、あとは相手が相談してくるかどうか__つまり「相手の課題」だと勘違いしてしまいます。

ですが、先ほども書いたように、相談してもらえるかどうかはこれまでの自分の行動によって決まります。相談されるかどうかは「相手の課題」ではなく「自分の課題」なんですよね。


『おい俺、俺は、こんな俺を許すのか?』

伊坂幸太郎氏の小説の好きなセリフなんですが、これを拝借すると

おい俺、俺は、相談される人間か?

と自問すべきだよなあ…と納得した次第です。この日々の自問が行動をつくり、相談されやすい人間になれるのではないでしょうか。すぐにそういう人物にはなれないので、やはり積み重ねが大切そうです。


以上です!偉そうなこと書いちゃいましたが僕もまだまだなので、頑張っていきたいと思います!



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