さんぽの時間
暗闇にゴトゴトと車輪を回す音が響いている。
最初こそ、小さなカゴの中から聞こえる思いがけない轟音に驚いたけれど、この子と暮らし始めて数週間、もうすっかり慣れて、音が響いているとかえって安心して眠れるようになった。
私が夜中に起きて、トイレに行こうとするとその気配を察知して音が止まる。
数秒の沈黙。続いてカサカサと移動する音。
その後は、こちらに視線が送られてくるのを感じる。
「ちょっと待っててね」と声をかけてトイレを済ませる。
電気をつけて、カゴの扉を開ける。
「どうぞ」と手を差し出すと、小指の爪よりも小さなひんやりとした薄ピンク色の手が1本2本と乗せられる。
警戒されていた頃は爪を立てられてチクチクしたけれど、躊躇なくペタッと手のひらをつけてくれるようになったのが嬉しい。
そうして足場の安全を確かめると、モコモコで暖かいお腹が続き、後ろ足が乗り上げてくる。
このまんまるの愛おしい存在を両手で包み込んで持ち上げ、床に下ろす。
草木も眠る丑三つ刻。ハムスターの散歩がはじまる。
彼がテケテケとリビングで冒険している間、私は本を読んだりmixiで日記をつけたり、心だけ部屋の外へ出かける。
会社に行けなくなって数ヶ月。
常に頭痛と耳鳴りがして、頭に靄がかかっているけれど、この時間だけは頭がクリアで、神経が研ぎ澄まされている気がした。
1日の中で、正常な自分でいられる時間。
少しだけ自信を取り戻せるひと時だった。
・・・・・
石油ストーブをつけるとゴトゴトと灯油が管を流れる音がする。
この音が回し車の音に似ている。
冬になると、彼と過ごしたあの丑三つ刻を懐かしく思い出す。
そして私は原稿を書き始める。
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