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彼女とガーデナー

ヘリクリサム“シルバーフォール”。
銀色の滝、という名前の付いたこの植物は、文字通り、小さな銀葉が鉢から溢れて伸びて、高いところに植えると滝のような姿になる。

鉢いっぱいに溢れたシルバーフォールを、株分けして庭に植えようと思い立ち、何年もの月日が過ぎた。
私は昨年まで結構な長時間労働をしており、庭に割ける時間がなかった。なので、地植えの植物は基本、植えた時に水を遣るだけで、あとは放置である。
シルバーリーフなので高温多湿に弱いだろうと、木の根元や東側の、陰になりやすいところを選んだつもりだ。でも、どこに植えても根付かず、夏冬の厳しさに耐えられず枯れていった。
なんとか生き残った株も、レモンバームやコンボルブルスといった元気な植物に負け、雑草に負け、ひょろひょろとした銀葉は、植えてしばらくすると、どこにいるのか分からなくなった。

しかし今春、北西の片隅に植えたシルバーフォールが、こんもり大きくなってきた。
その場所は玄関の後ろで、家の「裏」と言って良い場所だった。「表」である玄関先に植えたシルバープリペットやタイムの花壇の後ろで、化粧もされていないコンクリートブロックで囲われた、カタバミしか生えない地味な場所。土を入れてもブロックの隙間から漏れ出てしまう、北側なのに西日だけ差す、なかなか植物が育たない、過酷な場所。
そこが彼女には合ったのだ。
私は慎重にカタバミを抜き取り、シルバーフォールを手助けした。頑張れシルバーフォール。
果たして、彼女は伸び出した。細くやわらかい銀色の茎、そこから生えるフリルのような丸い葉。
銀色に波うつ小さな波のように。

植物は、置かれた場所でしか咲けない。彼女たちに合った場所を探して、探し当てられたときの喜び。ガーデニングの醍醐味である。

前の職場で休職者が出たと聞いた。彼女は以前隣の係にいて、仕事が分からないと言って、よく夜中まで残っていた。あるとき上司に叱られ、その日以降休みがちになった。復活しても、またすぐ休んでしまう。
このような話を聞くたび、植物のことを思う。私たちは自分で動ける。自分で自分自身のガーデナーに、なることができる。
その場所だけで咲かなければならないことはない。頑張っても根を張りづらい場所と、伸びていけやすい場所がある。その場所で競争に負けても、それはそこの世界観の中で負けたのであって、違う世界観では価値が逆転することだってある。

現に、知り合いで、事例がある。職場内の異動で、異動前での評価が散々だったのに、異動後の評価がべらぼうに高くなったのだ。しかも、異動前の部署はみんなに人気の花形部署、異動後の部署は、みんなが嫌がるハードな部署だ。
彼は自分で志願して、ハードな部署に行った。離職者も出るほど厳しい所なのに、彼は生き生きと仕事し、成果を上げていた。

私たちは、自分で思う以上に、本当は自由だ。いろんな生き方を、試すことができる。
彼女が、私のシルバーフォールのように、美しく伸びていけますように。

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