自分の弱さを知る(12)

面と面向かって「(お前は)了見が狭い」と厳しく言われたことが一度ならず二度までもある。その相手は私を凹ませたり苛めたいわけでもなく心から訴えていた(=”躾”)

だからあえて断じて言うが私は了見が狭いのである。

了見が狭い人間はあちこちに掃いて捨てるほどいるが周知の通りまわりの手を焼かせているか、”やべー奴”として忌避されて相手にされていないか。だからそういう自分はほんとどげんかせんといかんのである。
私なんぞいまだに自分の長所も短所も分かってない(このことは以前、独立に記事にした)

…青年たちは次々に、見せかけの、アメリカの青年たちを容赦なく標準化しようとして強いられる役割を受け入れることができずに混乱する。学校をドロップアウトし、仕事を辞め、一晩中家に帰らず、人を信じられず、受け入れられずに引きこもることもある…

アイデンディティ/エリク・H・エリクソン

田舎ならいざ知らず都市生活者、もとい経験者ならばこの記述に該当あるいは類するような挫折を経験していない者はまずいないだろう。下記は私の上京当時の記述だけど、

…すくなくとも自分が十代だった頃は、18歳かそこらの年齢になったら家を出て、自活するのはごくフツーのことであった。都会に住んでいる人だと、また事情が変わってくることは承知しているが、地方出身者に関していえば概してそうだったはずだ。18歳かそこいらの"子供"が社会に打って出て、暮らしの基盤を獲得するのは並大抵のことではないのだが、そのこと自体が大人になるためのイニシエーションとして、いわば村の掟と化していたと思う。

https://note.com/omalmann/n/n0242878a66b6

上京後、私は行く先々でエリクソンが定義しているところの”混乱”を経験した。剝きだしの芋が山肌の道を転げ落ちていくようだった。いっぽうで是が非でも生活だけは保守しなければならない。いつも辛い生活から何かを学びとる必要があった。

…どんな狂った職場でも仕事でも、アホのごとく辞めなかった。アホのごとく頑張った。余裕がない状況下では選択肢は限られていた、という事情も大きい。「貧すれば鈍する」である…

同上

自分が了見が狭い(=アホ)人間になってしまった理由、

職業人としてのアイデンディティを確立できずにここまできてしまった理由を知る方法を闡明するためにもその準備段階としてそれぞれのカテゴリーごとの精神発達のしかたについて参照し考察しなければならない。

<続く>

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