ジャスティマン

 「その子から手を離すんだ。」 
 多くの人々が行きかう大都会にも、必ず暗部が存在する。
 「お、お前は・・・」
 太陽の光から逃れた路地裏で、か弱い少女に不埒な行為をしようとしている二人組の男たちの前に、ヒーローが姿を見せる。
 「悪をくじき弱きを救う、愛と正義が生み出したスーパーヒーロー、ジャスティマンだ!!!」
 2mに迫ろうかという上背、鍛え上げられた肉体美をまざまざと見せつけるような純白のヒーロースーツに、背中でたなびく真っ赤なマント。そして額には大きな金色のJの文字。
 「あ、あのジャスティマンだ・・・に、逃げるぞー!」
 その姿を見た小悪党たちは、気の利いた捨て台詞を吐く余裕もなく、一目散にその場から逃げ出す。
 「怖かっただろう、大丈夫かい?」
 もはや怯えを通り越して、啞然とする少女に、ジャスティマンは優しい言葉をかける。
 「あ、ありがとうジャスティマン・・・でも、どうしてここが?」
 落ち着きを取り戻したが故に、ジャスティマンが自身を助けに来てくれなかった未来を想像し、再び恐怖で体を震わせ始めた少女からの純粋な疑問に、ジャスティマンは白い歯を見せて答える。
 「それは私がスーパーヒーローだからさ。」
 少女を安全な場所へと連れ出したのち、高々と空へと飛び立ち、恐怖や悲しみの真っ只中にいる誰かを救いに向かったのであった。

 ジャスティマンは最強である。
 その肉体には戦車のミサイルですら傷一つ付けることは出来ず、逆に拳を振ればそれだけで半径10キロが更地になる。当たり前のように空を飛び、目からビームも出せる。他にも大小様々な能力を持ち合わせているが、ただ一つ言えることがある。それは、ジャスティマンにかかれば三日足らずで世界を征服することが出来るということだ。
 しかし、ジャスティマンはそんなことには興味が無い。
 地位にも名誉にも金にも興味がなく、ただただ人を救うことにだけ喜びを見出す。当然今までにジャスティマンも強大過ぎる力を利用しようとする人間が数多く近づいてきたが、結局はジャスティマンを操るにはみな役者不足であった。
 こうして今日も、ジャスティマンは人々を救うために活動する。
 「・・・全く、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てなきゃだけじゃないか。」
 風によって自身の足元に飛ばされてきた新聞紙を拾い上げ、丸めて近くのゴミ箱に捨てるジャスティマン。その新聞の内容が、ジャスティマンも称賛する内容であることに、ジャスティマンは気が付かない。
 しばらく歩みを進めていたジャスティマンであったが、不意に覚えた違和感の正体を突き止めるべく、行動を起こそうとしたその時であった。
 「俺はあんたに危害を加えるつもりはない。だからその拳をほどいてくれ。」
 ジャスティマンは、久しく感じていなかった恐れという感情を思い出し、僅かではあるが額を汗で湿らせた。
 「・・・驚いたことが2つある。第一に、今の私は、周りの人々にはただの中年男性にしか見えないようにちょっとした工夫をしている。変装の類とは根本的に違う工夫だ、まず私の存在には気付かない・・・いや、気付くことが出来ないはずだ。」
 男の方を振り返ることなく、ジャスティマンは淡々と語る。男は沈黙を続ける。
 「そんな私の存在を見つけ出し、さらに私が警戒を強め臨戦態勢に入ったその瞬間にその事実を察し、こちらに声をかけてきた・・・君は何者だ?」
 男は未だ沈黙を貫く。ジャスティマンは喉元に刃を突き付けられたような緊張感を維持しつつも、少しずつ平静を取り戻そうとする。
 「君がただ者じゃないことは間違いないだろう。そして、私の勘を信じるならば、私に敵意もない。」
 「あんたの勘は関係ない。俺は最初に行ったはずだ。あんたに危害を加えるつもりはないと。」
 「ああ、確かにそうだった・・・いやーすまない、私はヒーローを自称しているが、正体不明の人間の言葉よりも自分の勘を信じてしまう。これは悪い癖なんだ・・・」
 ジャスティマンとて、他人の心や頭の中を完璧に見通すことは出来ない。しかし百戦錬磨のジャスティマンにとって、相手を一目見て自分と敵対しているかどうかを判断することは難しいことではない。
 そんなジャスティマンですら、男の立場を推し量ることに苦労をしていた。
 無論、実際に男の姿を見ていないということはあるが、それにしても相手の出方がまるで読めない。ジャスティマンは、男が自分に対して敵意が無いと言葉にしたが、正確に言えば敵意があるのかないのかわからないのだ。だからこそ、男の言葉を信じ、敵意がないと判断をする。
 この短時間で、2つの嘘を塗り重ねた事実が、いつになくジャスティマンを焦らせていることの証明になっていた。
 「いい加減君の名前か、もしくは声をかけてきた目的を教えてくれないか?私も、立ち話を続けられる程暇ではないんだ。」
 一呼吸置いた後、男は変わらず感情を一切感じさせない声で語り始める。
 「お前はなぜヒーローを続ける?」
 「実に簡単な質問だ。私の持つこの力で、弱き者や苦しんでいる者を救う。そのことに喜びを見出しているからに他ならない。もしかして君は、映画やドラマにありがちなヒーローの苦悩を私に植え付けようとでもしているのかな?」
 返事がないことを肯定と捉えたジャスティマンは、感情を高ぶらせながら話を続ける。
 「この世界に救う価値はないだとか、人間は愚かだとか、そんな安っぽい議論をこんな場所で展開するつもりはない!私はただ単純に、金や権力よりも、誰かを救うことが私は好きなのだ・・・そんな私に、ヒーローメランコリーなど有り得ない!!!」
 ジャスティマンが声を荒らげようとも、周囲の人間は2人のやり取りを気にも留めない。そんな状況が2人の沈黙をより深いものへと進めていこうとしていたのだが、今度は早い段階で男が口を開く。
 「この世から不幸がなくなったらどうする?」
 「・・・どういう意味だ?」
 ジャスティマンの疑問に、初めて男は呆れたような感情を言葉に乗せる。
 「何も難しい話はしていないだろう。あんたの言う弱き者や苦しんでいる者がこの世からいなくなり、みなが幸せに暮らすようになったのなら、あんたはどうする?」
 「そ、そんなこと、あり得ない・・・」
 「俺は今例え話をしている・・・もしかしてあんた、ド○えもんの秘密道具で何が欲しいかって話をする時、ド○えもんなんていないって言ってその場を冷ますタイプの人間か?」
 狼狽するジャスティマンとは対照的に、男には冗談を挟む余裕が垣間見える。
 「他人を不幸から救いたいと思う気持ちと、世の中から不幸を無くしたいと願う気持ちは似て非なるものだ・・・実に楽しみだよ、あんたがこの後の世界でどう振る舞うか・・・」 
 「ま、待て!」
 思わず振り返ったジャスティマンであったが、そこに足を止めている人物はいなかった。

 大国同士が歴史的な和解し、性別が個人の足枷になることもなくなった。互いが互いの信じる神を尊重し、肌の色や民族の違いは、もはや誰も気に留めていない。
 生地が薄くなり、金属の部品が剝き出しになっているソファーにだらしなく座りながら、スマートフォンに映し出されるニュースをスクロールするが、総じて前向きな内容のものばかりである。
 歓迎すべきその事実に対して物足りなさを感じる自分に苛立ちを覚えたジャスティマンは、スマートフォンを握り潰し、手の中に残る破片を地面に叩きつける。
 やり切れない思いを噛み殺しながら、ジャスティマンはいつものスーツ、いつもマント、そして額にJの文字を輝かせながら、外へと向かった。もちろん、周りの人間にその姿をはっきりと見えるようにして。
 「お、最高にイカしてるぜジャスティマン!」
 「ジャスティマン、写真撮ってー」
 「ほ、本物だ・・・かっこいい!」
 街に繰り出せば、ものの数分でジャスティマンの周りには人だかりが出来る。そしてその人間たちは、心の底からジャスティマンを尊敬し、敬意を示す。
 溢れそうになる気持ちを抑え、ジャスティマンは自分に声をかけてくる人間たちをやり過ごしながら、街を見渡す。
 そこには絵に描いたような平和が広がる。人々が笑い合い、抱き合い、愛し合う。そこに何も特別はなかったが、誰もがその普通を満面の笑みで享受していた。
 ここにいる、ただ一人を除いて。
 「お、ジャスティマンが飛んだ!」
 「いってらっしゃい、ジャスティマン!」

 「な、なんだこの警報音は?」
 某国の国家防衛における最前線施設で、耳慣れない警報音が大きく響く。もっと、争いのなくなった世の中においてこの施設は何の意味も持たない旧時代の遺物と思われており、中にいたのは昼寝をしている警備員ただ一人であった。
 「お困りのようだね。」
 突如として現れたジャスティマンへ、警備員はすがりつく。
 「た、助けてくれジャスティマン!俺がここに来てから、こんなことは初めてなんだよ・・・一体何がなんだか・・・」
 「この施設がアラートを発する理由はただ一つ、敵国による攻撃だ。」
 「敵国による攻撃?」
 警備員は驚きのあまり目を見開いたが、ジャスティマンは構わずに続ける。
 「いつの世の中も、人々の平和を壊そうとする輩はいるものだ。しかしこのジャスティマンがいる限り、そんな悪党共はこてんぱんにやっつけてみせるさ!」
 胸を張り、指を鳴らし、自信満々に宣言するジャスティマンに圧倒される警備員。そんな警備員も、生唾を飲み込んだ後、こう叫ぶ。
 「いけジャスティマン、俺たちを救ってくれ!」

ジャスティマンは、人々を救うことに喜びを見出す。
 ジャスティマンは、金にも権力にも興味はない。そして同様に、誰かを愛することも、愛されることにも興味を持つことが出来ない。
 ジャスティマンは人々を救った時にのみ、生きる喜びを実感するのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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