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長編小説⑥:持久力から生まれた不屈の精神
あと1時間たてば、カーテンをしめていない窓から太陽光がさしこんでくる。
かけ布団をめくってくれる幼馴染はいないが、太陽光が起こしてくれる。
太陽光に起こされるよりもさきに電話の呼び出し音におこされた。
この時間にかかってくる電話が、よい知らせを運んでくることはない。
あらたなガイシャがでたな。
電話をとるまえに、そのように感じられた。
電話をとらずに、二度寝したい。
その誘惑は、睡眠不足をうったえかける脳と共同戦線をはった。
気合いと根性だけを友に電話をとる。そして、部下からの報告を聞く。
想像どおり新たなガイシャが見つかった。
犯罪現場は、人気のない公園だった。
公園の出入り口は警察に封鎖されていた。
野次馬と記者がいた。
顔なじみの二〜三人の記者がちかづいてくる。
まだ朝早いというのに、記者たちの目は、焼肉を食べるまえのスポーツ部員のように目がらんらんと輝いている。
答えることはないと記者につたえる。
ちかづいてきた記者たちの背後に、一人の記者がぽつねんとたたずんでいた。
スパルタを裏切った従者のように暗く、蛇のように冷酷な目つきの記者だ。
背中に視線を感じつつ公園の入口にたつ二人の警官に声をかける。
ツヨシとジュンコくんはもう公園に到着していると伝えられる。
ツヨシのやつは、また吐いているのだろうかと考えた。
ツヨシが近づいてきた。ツヨシは吐かなかったようだ。
柔道で鍛えられた持久力から生まれたのは不屈の精神か。
ツヨシをみなおした。そして、すぐにがっかりさせられた。
状況を簡潔に伝えてくれた。
「やばいことになりそうスっ」
ジュンコくんが、ツヨシの報告を補足してくれた。
ガイシャは、国会議員の長男である大泉進太郎。
国会議員の父の威光をかさに、派手に遊びまわっていた男だ。
女性に暴力をふるい、力まかせに犯し、訴えられるたびに、権力と金で黒を白に塗りかえてきた男が殺された。
国会議員のひとり息子が殺された。国会議員の怒りはすさまじいものだろう。
その怒りの矛先は、警察署のトップへとむけられ、末端にとどくだろう。
「天罰だ」ジュンコくんが、小さい声で、しっかり正確につぶやいた。
ジュンコくんの目はしっかりとガイシャを見つめ、一度だけうなずいた。
「他人のいるところでは、あまりいわないように」
権力と金で女性を蹂躙していた男。
いぜんにジュンコくんが捜査していた事件の容疑者が、こんかいのガイシャだった。
どこからか、妨害がはいり、なんども横やりを入れられ、ついに捜査は中断させられた。
被害を訴えた女性の話を親身に聞いていたジュンコくんの絶望はいかほどだったか。
「法治国家の日本です。法でさばけない人間がいます。そんな人間には、不法で対抗するしかないのでしょうか」
酒の席でジュンコくんが涙ながらに語っていた言葉をおもいだす。
ジュンコくんは、罪をおかすことのなくなったガイシャの姿を眺めている。
ポケットにいれていたタバコをとりだし、口にくわえた。
ニコチンとタールとはちがう苦みを舌にかんじた。
タバコに火をつけるまえに、ツヨシに手をつかまれた。
「公園内は禁煙スっ」
タバコを折りまげ、ポケットにつっこんだ。
署にもどり、朝食をとり、これからの捜査方針をかんがえようとツヨシとジュンコくんに伝えた。
公園のそとにでると、いやな目つきの記者が、ひたひたとちかづいてきた。
蛇がはうように左足をひきずっている。
狩りの態勢にはいったネコ科の肉食獣のように、ジュンコくんの顔がけわしくなった。
「電動力応用機械器具屋内用電動式電気乗物をつかった連続殺人ですか?」
「答えることはない。署をとおして発表する」
「そんなことをおっしゃらずに、わたしとあなたとの仲じゃないですか」
ワイロをわたす商人のように卑屈な態度だ。
けれども、記者の目は、警察をみくだしている。
飯のタネをくれるだけの存在。壊れてもよいし、騒いでくれてもよい。
堀にかこわれた動物を眺めるように警察をみくだしている。
「いくぞ」とツヨシとジュンコくんに声をかけた。
記者は、ジュンコくんにきづいた。
「あっ、いぜん記事に書かせてもらった明子さんの友達のジュンコさんですよね」と記者が声をはっした。
背中に氷をいれられたように、ジュンコ君の体がかたまった。
明子クンは、ジュンコくんの友達で同僚だった。
この記者の書いたでっちあげ記事のせいで、世間から猛バッシングを受け、警察を辞職した。
明子クンは、いまも精神科医にかよっていると、酒の席でジュンコくんが話してくれた。
記者と出版社は、明子クンの記事について誤りがあったと認めた。
訂正記事は、詐欺師の契約書の但し書きのように小さく短い文章だった。
ジュンコくんが、怒らないか、後ろをふりかえった。
ジュンコくんの顔は、ツーストバイクのエンジンを切ったように静まりかえっていた。
そのかわりに、ツヨシが激高し、記者の首をつかみあげ、ひきずっていた足を地面からひきはがしていた。
「やばい」と思った。
ツヨシを記者からひきはがし、パトカーへ放りこみ、ジュンコくんに運転をたのみ署へむかった。
暴力刑事の記事が掲載された。
ツヨシは3か月の減給ですんだ。
第二の事件とおなじで目撃者の情報はバラバラだった。
捜査はまったく進展しない。
さらに、国会議員から圧力をかけられ、叱責をうけた署のトップが「無能、怠慢、税金泥棒」と捜査チームをなじる。
捜査チーム一同が心のなかで「おまえも税金泥棒だろ」といった。
部下をなじっても、捜査が進展するものでもないだろう。
神妙な顔をしながら、アゴをさわると今日もヒゲのそりのこしがあった。
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