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【 小説 】4年前、2年前、現在、病原菌

青いラベル、そこに白い文字で商品の名前を書いている、日本国民の過半数が知っているであろう清涼飲料水。それを、2年前の暑い日に買って飲んだ。いまも、飲料水を持っているが、買ってはいない。

4年前、大学を卒業し、京阪神を中心に商売をしている会社に就職した。関西の5チャンネル、それも夜間の5チャンネルを見ていると、関西人であれば知っているような有名な会社。そこに、スーツを着て、ペチャンコのバッグを持って、カカトの底が削れている革靴を履いて働いていた。

小学校から中学校、高校、大学と、かんたんに言えば、ドラエモンが目のまえに現れなかった子どもだった。なんの努力もせず、勉強もせず、偏差値50以下の大学に進学した。

大学在学中は、酒、煙草、コンパ、SEX。だらだらと付きあった女性の家に泊まりこんだり、Barやクラブで酒を呑んだり、酒をリバースしたりし、4年をすごした。

就職活動中の日本は、政策のおかげなのか、鯉が龍になるぐらいの勢いで日本の景気は上昇していた。なんの資格もない、せいぜい運転免許ぐらいのもの。それでも先の企業に就職が決まった。ほんと売り手市場でいいですね、運がいい奴メ、と大学の職員に言われた。

就職がきまり、チチハハ、ジジババ、が、ちょっとお高い中華料理屋に連れていってくれた。

ハタの清蒸がでてきた。蒸された40cmほどのハタ、色は黒銀であり、目は白濁としている。ハタがのったお皿の底には、ネギとショウガ、酒と、ハタのお汁が混ざった金色のスープ。箸をいれると、ホロりと皮がやぶれ、ほっくりと熱をもったやわらかくむっちりとした白い身。それを中華製の醤油につけ喰う。ウエイターさんが主役は誰ですかと聞いた。目のまえに、ハタの眼のまわりやら、ぼってりとした唇のまわりの鶏肉のような、ちいさいがみっちりした肉を提供され、食べた、放出、浸透、恍惚とさせられた。

こんなにもおいしい料理があるのかと。チチハハ、ジジババよ、がんばって働くデ、つぎはハタを死ぬほど食わしてやると、魚肉と酒に酔ってほざいた。

大学をさっくりと卒業し、社会人生活がはじまった。新入社員をあつめ、1週間ほど本社でマナーや常識、名刺のだしかた、置き方など社会人の常識を教わった。

その後、出身地の隣の市の営業所に務めだした。小さいビルの2階、小学校の体育館の1/4ほどの広さのオフィス。高校、大学とラクビーをやっていた肌黒のガッチリした40代の男性が室長だった。その部下に180cm、やや茶髪がかった黒髪をセンターにわけ、目にかかった髪をフッとふきあげる30台の男が教育係になった。営業所には、社員3人、それと契約社員の女性が3人、バイトの女性2人いた。

飛び込み営業はなく、中国や韓国、ベトナムで作られた商品を仕入れ、お得意様におろす。お得意様との商談中は、名刺のだしかた、置き方が大変やくにたった。ニコニコと笑い、てきとうにジョークをとばし、商品をおろしていく。それだけで、ホメられ、金をもらえた。

2年前のある夜、接待があり、キャバクラ、Bar、ラーメン屋をハシゴをし、ベロベロになり朝帰りになった。早朝コンビニで買った、青いパッケージの清涼飲料水が胃に染みた。

半年もたつと、仕事にもなれ、いろいろな仕事をまかされ、仕事の手を抜くことも覚えた。日本の景気はどんどんあがっていった。商品も売れた、給料もあがった。ボーナスもでた。

そこで、チチハハ、ジジババを、京都の鴨川のちかくにある中華料理屋につれていった。円形のテーブル、そのテーブルのうえにテーブルよりひとまわり小さい円形の台があった。小さい円形の台のうえに、お皿がどんどんと配膳されていく。円形の台のうえは、アッというまに料理で彩られた。

チチハハ、ジジババ、あれを食べたい、これを食べたい、小さい台は時計周りにまわったり、反時計回りにまわったり、と大忙しい。台の忙しさに比例して、皿から料理が消え、彩が消えていく。

アゴがはずれるほど笑い、大口をあけて食べ、唇の端から酒がこぼれようと気にせずに飲んだ。たしかな幸せがそこにはあった。

それからしばらくたったある日、ドコかの国で未知のウイルスが流行っているという話を聴いた。へぇといった感じだった。しかし、紙に水をたらしたように、ウイルスの恐怖は世界にひろがっていった。

日本でも感染者がでた、死者がでた、渡航制限がでた、仕事も減った。

営業所の派遣社員、アルバイトさんたちが、人生ゲームの車からピンをぬくように消えた。社員の3人は、もう少し会社にいたが、海外ドラマでよく見る、段ボールに私物をつめたあと退社した。

現在は、コンビニでアルバイトをしている。青いラベル、白い文字で商品の名前を書いている清涼飲料水を補充している。

透明なペットボトルの向こう側に、ハタの清蒸や楽しい過去が見えた。これからの未来は明るいのか、それとも。



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