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アジフライ物語

人類が二足歩行をはじめたとき、人類は黒いやせ細ったカリカリな土地に住んでいた。いや、やせ細った黒い土地に住むしかなかったのだ。黒い土地の目の前には、見渡すかぎりの黄金の土地が広がっている。黄金の土地には豊富な物資、加工に適した岩や木が豊富にあり、人類が食べることができる木の実や果物があり、また人類が捕まえることができる草食動物や小鳥が住んでいる。

なぜ人類は黄金の土地に移住しないのか、人類は非常に弱い存在なのだ、黒い土地にかろうじて生息し、黄金の土地からコソっと食料と物資を掠めとり、生殖し、繁殖し、子孫を残し、黒い土地の隅にかろうじて生き残っているだけの、吹けば飛ぶ髪の毛のように弱い存在だった。

黄金の土地からの食料や物資を調達する行為。それは、櫛の歯がボロボロ抜けるかのように人類が死んでいく行為だった。人類の命や尊厳を狙う敵が、雲霞のごとく黄金の大地には溢れかえっていた。

緑色の体色、頭に頭髪はなく、口は耳ちかくまで裂けており、耳はピンと二等辺三角形にとがっている。身長は人類の腰ほどの生物ゴブリン。一対一で闘えば人類が勝つのだが、ゴブリンの数は人類よりおおいのだ。ゴブリンを見たら20匹はいると思え、と体のあちこちが欠損している老人は語る。ゴブリンは、人類の女性をさらい、孕ませゴブリンを増やす習性がある。ゴブリンは唯一、黒い大地にまで侵入してくる敵対生物だ。人類の住居は、ゴブリン対策のために、黄金の土地から調達した木や石、動物の骨で斧を作り、その斧を使い木を加工し、粗末な木壁で居住地を囲んだ。囲みのなかに、枝を重ねたビーバーのような家に人類は暮らしている。それでも年に4~5回はゴブリンに侵入され、女性をさらわれている。

黒い体毛におおわれたスマートな体格、四本足で長時間疾走することができるスタミナ。大きく開くことができる口、人間の骨や内臓を軽々と噛み砕くことができる顎、トイレットペーパーのように人間の皮膚を切り裂ける鋭い牙、口臭は血生臭いバクテリアが腐ったむわっとした匂い、口からはダラダラと涎を垂らしている、人間に黒狼と呼ばれている生物。黒狼は群れで生活し狩りをする。黒狼に目をつけられた人間はまず助からない。人間一人を生贄にし、悲鳴と皮膚がはじける音を聴きながら逃げ出すしかない。その悲鳴はすぐに聴こえなくなる。

羽を広げると、人間2~3人であれば包みこめるほどの羽をもつ鳥。赤い羽毛で覆われ、黄色い長く鋭い嘴は人間の柔らかい箇所、目や腹をつつき、ずるりと引き出しパクりと飲みこむ。柔らかい腹をブスリと貫き、ほかほかの湯気がたちのぼる長く赤い腸をひきずりだし飛んでいく。後にはかろうじて命がある、かつて人間だった物が残される。空中から急降下し、人間の肩を掴み、皮膚を貫き、骨を砕き、舞い上がる鳥。空中に誘拐された人間がどうなったのかは、誰も知らない、知る術がない。火炎鳥と人類に呼ばれている。空の上にいる火炎鳥、人類は逃げ、隠れ、しゃがみ、恐れるしかできなかった。

人類は弱い存在だったが、死に絶えなかった。人類は他の生物にない高い知能があった。赤ちゃんのヨチヨチ歩きより遅いが、人類は力をつけ成長していった。

こん棒のような長さの武器からはじまり、どんどん木の棒を長くし、木の棒を尖らし槍のようなものを作り出した。槍の長さをどんどん伸ばし、安全な距離から闘うことをあみだした。近づかれたときの対策として、腰には硬い木で作った、こん棒を携帯しだした。さらに、こん棒の細い持ち手に細工をし滑り止め対策をしだした、動物の皮膚をまきつける者もいた。

防衛の面では、手に持てる軽い木の壁を持ち歩く者がでてきた。初期の木の壁は、火炎鳥の鉤爪に貫かれたり、黒狼の狼爪に軽々と粉々にされるような脆弱なものだった。木の壁に持ち手を付ける者があらわれ、重く頑健な木の壁を持ち歩けるようになった。軽い木の壁と木の壁を接着する技術をあみだした者がいた、人類は盾を開発し、防御は格段に進化した。火炎鳥の頭上からの攻撃も盾を掲げ円陣を組み防げるようになった。

人類は盾を前面に、盾の間から槍を突き出すと敵からの攻撃を防ぎやすいことに気づいた。盾を掲げ、肩が触れ合うほど他人と密着すれば、さらに敵の攻撃を防げることにも気づいた。大人数で組む陣形の誕生である。ゴブリン、黒狼からの被害が格段に減った。陣形を組み、長い槍で安全な場所から敵を叩く突く、人類の必勝法ができあがった瞬間だ。人類はカビが増殖するように、ジワジワと黄金の土地での活動範囲を広げだした。

ゴブリン、黒狼を殺し、皮をはぎ、牙をとり、骨を削り、利用することを人類は覚えた。粗末な服のようなものができ、牙や骨で装飾品を作り見せびらす者もでてきた。ゴブリン、黒狼ともに肉は硬く臭く食用にはならなかった。

黄金の土地に住む草食動物を人類は効率よく狩猟できるようになってきた。腹を満たすことができるようになった人類の体格は、餓鬼のような体格から、スパルタの兵士のような体格になっていった。草食動物の飼育も始めだした。非常食用の肉であり、牛乳などを飲むことも覚えた。

火炎鳥の対策は、長い槍を振り回したり、小さめの槍を投げたり、石を拾い投げていた。ある日、黄金の土地で狩猟した草食動物の角を火炎鳥に投げつけた者がいた、角はクルクルと回転しながら火炎鳥にむかっていったが、悠遊と火炎鳥に避けられた。そこで不思議なことが起こった。避けられた角が半円を描きながら、火炎鳥にあたり羽を傷つけ、火炎鳥を地面に叩き落としたのだ。今までになかったことである、歴史的大快挙だった。

人類はなぜ曲がったのか、角を何度も何度も投げ分析した、さまざまな動物の角や骨も投げた。角や骨を加工しだした者もでてきた、角度をつけると旋回することがわかりだしてきた、角や骨を研ぎ、動物の皮を突き破り、肉に刺さるように加工。また長く巨大に加工し威力をあげる者もでてきた。遠距離武器のブーメランの完成だ。

ブーメランという武器は槍やこん棒と違い、ブーメランを投げることが得意な者と苦手な者とに分かれた。槍と盾を持つ者と、ブーメランや細い槍を投げる者の二つの部隊を人間は作った。兵科の始まりである。近距離戦闘部隊と遠距離戦闘部隊の二つの部隊を運用し、人類はどんどん黄金の土地での行動範囲を広げていった。戦闘が開始するとブーメランや細い槍を一斉に投げ、ゴブリン、黒狼を痛めつける、傷ついたゴブリン、黒狼を槍で一斉に叩く、突く。火炎鳥の襲来には近距離戦闘部隊が円陣を組み、空に向けて槍を立てる。円陣の中央に遠距離戦闘部隊を配置、火炎鳥を攻撃し近づかせない。狩る者と狩られる者の立場が、ひっくり返った瞬間である。

黄金の土地に村ができだした、人類の人口は爆発的な勢いで増えた。乳児の死亡率も減った。狩りは男性の仕事になり、女性は毛皮の処理、衣服を作り、子どもの面倒をみる、戦えない者は単純労働に従事した、分業制の始まりである。

人類が一丸となって行動していた時代は終わりを告げた。人工物がひとつもなかった黄金の土地。その土地に熱した油に小麦粉の塊が落ちたときのように、あちらこちらに人類の村ができた。

ひ弱な人類が一丸となり、外敵と戦う時代は終わった。

狩場をめぐり、小競り合いがおこり、話し合いがおこなわれたが、人間同士の血で血を争う醜い殺し合いがはじまるまでは、アッというまだった。人類の増加が緩やかになった。人類の増加を停めることができるのは、人類だけだったのだ。

争い殺し合いをしながらも、黄金の土地の地平線へと人類はゆっくりとだが確実に前進していた。争いに負けた村民や争いに辟易した人達が、どんどん黄金の土地の新天地に向け、争いながら、血を流しながら、人類は前進していった。

人類のターニングポイントを迎える2つの技術を生み出した。農業と畜産である。食べている植物の種から、小さい緑の二つの葉が生えていることを見つけた者がいた。ドンドン大きくなった小さい葉は、食べることのできる植物へと育った。また非常食用の草食動物が交尾させ、子どもを産ませ、育てることも覚えた。動物を減らすだけでなく増やすことをも人類は覚えた。

人類は農耕民族と狩猟民族に分かれた。

農業と畜産には豊かな土地が多く必要であり、村はどんどん広くなり。堅固な街になり、ついには国家ができた。階級が出来上がった瞬間である、貴族や王という、今までになかった概念もできた。

人類のじわじわと浸透するような前進もついに止まるときがきた。黄金の土地の端に、人類は辿り着いたのである。黄金の土地を上から見ると、黒い土地を支点に扇状に広がっており、黄金の土地の端の先にはなにもなかった。黒いような白いような無であった、人類では認識できない空間が広がっていた。かつて人間を捕食していた敵対生物は、黄金の土地から一切合切まるっと駆逐された。

黄金の土地のあちらこちらに国が興り。国境ができ、国同士の争いは激化し、殺しの技術、武器の性能もあがる。国同士の争いの恨みが恨みをより、黄金の土地にびっしりと根深く人間の恨みが蓄積。

誰もが未来永劫争いが続くものだと思っていた。

この人類同士の争いに終止符をうつべくして英雄が突然現れた。彼は孤児だったとか、農民の子どもだった、いやいや神が使わした子だ、と色々な噂があった。英雄は突然現れ、英雄の軍勢と権力は、バッタの大群のようアッというまに増え、水分のなくなった草原に火がついたかの如く、黄金の土地にある国や都市の攻略をはじめた。烈火の如く攻め、強敵は罠にハメ、弱い者は恫喝し、100以上あった国と都市を一つの国としてまとめあげた。

黄金の土地に建国された壮麗たる大国家の名は、英雄の名前からつけられた。その名も『アジ・フライ』。再び一つにまとまった人類は、平和を享受し、生活水準も高くなり、人類に笑顔が戻った。

しかし、昔から影のようにべったり張り付いた不吉な予言が、人類には絶えることなく伝わっている。

黄白色の巨大な四つの石が天より落ちる時、黄金の土地は消滅する、と。


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