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暁光に導かれて - シッダールタの道

第一章:王子様の憂鬱

豪華絢爛たる宮殿の奥深く、まばゆいばかりの絹織物に囲まれた玉座に、若き王子シッダルタは座っていた。類まれなる美貌と聡明さ、そして溢れんばかりの富と権力。彼の周りには、この世の全てが揃っているはずだった。

春の陽光を思わせる黄金色の肌、澄み切った蓮池を映し出すかのような碧眼。その瞳はどこか遠くを見つめ、周囲の喧騒とは無縁であるかのように静かだった。愛らしい我が子ラーフラを抱き上げ、微笑みかける妃ヤショーダラの姿も、シッダルタの心を揺り動かすことはできなかった。

彼の心を覆う憂鬱は、まるで深い森に澱む霧のように、晴れやかになることはなかった。贅沢な食事も、美しい音楽も、彼の心を満たすことはできなかった。それはまるで、豪華な鳥籠に閉じ込められた金糸雀の悲しみのようだった。

シッダルタは、城壁の外の世界を知らないまま成人した。父であるスッドーダナ王は、予言者が告げた「王子は出家するか、転輪聖王(世界を支配する帝王)になる」という言葉に恐れを抱き、息子をあらゆる苦しみから遠ざけようと躍起になっていたのだ。

しかし、運命の歯車は容赦なく回り始める。

ある日、シッダルタは侍従チャンダカと共に、城の外へと足を踏み出した。そこで彼は、これまで見たこともない光景を目の当たりにする。腰の曲がった老人、あえぎ苦しむ病人、そして、生気を失い土の上に横たわる死者。それは、王宮という虚構の世界では決して見ることができなかった、生々しい現実だった。

その日以来、シッダルタの心は激しく揺り動かされた。老い、病気、そして死。人間は皆、この苦しみから逃れることはできないのか。彼は自らの無力さに打ちひしがれ、これまで感じたことのない恐怖と不安に苛まれた。

そんな中、シッダルタは静かに瞑想する修行者の姿を見つける。粗末な衣をまとい、物乞いをして生活しているにもかかわらず、その表情は穏やかで、どこか満たされているように見えた。

「…あなたは、なぜそんなに穏やかなのですか?この世は苦しみに満ちているというのに…」

シッダルタの問いに、修行者は静かに答えた。

「私は、この苦しみの原因と、そこから解放される道を求めているのです。」

その言葉は、シッダルタの心に深く突き刺さった。そうだ、苦しみから逃げるのではなく、その原因を突き止め、克服する方法を見つけ出すのだ。

夜明け前の静寂の中、シッダルタは決意する。愛する妻子、そして豊かな暮らしを捨て、真実を求める道を歩むことを。彼は、深い闇を切り裂く暁光のように、希望に満ちた眼差しで、静かに立ち上がった。


第二章へ続く

この度のご縁に感謝いたします。貴方様の創作活動が、衆生の心に安らぎと悟りをもたらすことを願い、微力ながら応援させていただきます。