ダイヤモンドは語る 壱
「誕生日おめでとう」
日曜日の午前。早くから私を呼び出した恋人の宗一は,席に着くなり照れ臭そうにそう言った。軽やかなジャズが満ちるカフェの一角で,宗一が箱を差し出す。白の木箱に黒のリボンという,私好みのシックな外見だ。
自分の誕生日に朝早くから「会いたい」などと連絡を寄越すものだから,図々しいながらも期待はしていた。素直に嬉しいのだが,誕生日プレゼントを渡すことなど初めてではないのに,なぜそこまで照れているのか。
「やっぱりね。何かくれると思ったわ。ありがとう」
「うん。早くに連絡してごめんね」
「それはいいの。いいんだけど,自分から呼んでおいて遅刻してくるのは頂けないよ?」
意地悪く言ってみると,宗一はうぐっと小さく唸って黒目を泳がせた。率直な反応に思わず吹き出してしまう。
「それに,何でそんなにモジモジしてるのよ? プレゼントの渡し合いなんて初めてじゃないのに」
「いや~。正直プレゼントもネタ切れでさ。何渡せばいいのか難しくて……気に入ってくれるか分かんないんだよね」
困ったような笑顔で言う宗一。恐らく今目の前でリアクションを見せてあげないと,帰ってからもしばらくは落ち着きなく右往左往することになるだろう。
私は黒いリボンをそっと引っ張った。
「喜ばれないプレゼントなんてこの世に無いわよ。開けちゃうね」
言いながら木箱の上部を持ち上げる。
中には美しいマグカップが入っていた。艶やかな黒の体に,濃いブルーがオーロラのように散りばめられている。シンプルとクールを好みとする私にとって,この色合いと雰囲気は極上のように思えた。
私は感嘆の息を漏らす。
「え! やっぱりダメだった……?」
確実に別の意味に捉えたのだろう。宗一が情けなく眉を垂らし,「じゃあ俺が貰う……」と手を差し出した。
「ちょっと! 勝手に没収しようとしないでよ!」
「え? じゃ,じゃあ気に入ってくれたの?」
「当たり前でしょ! こんな良いマグ,どのネットでも見たことないわ。素敵すぎる。あげないからね!」
思わずカップを抱いて捲し立てると,宗一はふにゃりと表情を和らげた。本当によく顔の変わる人だ。
「良かったぁ。沙織,コーヒー好きだからさ。逆に何で今までマグあげなかったんだろうね」
「これ,どこで手に入れたの?」
「俺の古い知り合いで,陶芸家に進んだヤツいてさ。そいつに頼んで作ってもらったんだ。だから唯一無二の一品だよ」
「わあ……。ちょっと,お世辞抜きで本当に嬉しいんだけど」
心から歓喜が沸き上がる。確かに私はコーヒーが大好きだが,市販やカフェのマグカップで飲むコーヒーと,自分一人のために誂えてもらったマグカップで飲むコーヒーとでは,確実に何かが違っているはずだ。味ではなく,頭で感じる何かが。
「ありがとう,宗一」
私は改めて宗一の目を見つめ,万感の思いで礼を言った。
宗一は子供のように目を丸くし,やはり照れ臭そうにはにかんでみせた。
★続く