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所作を身につけるためには

以前、職場で校長先生が次のようなご指摘をされたことがありました。


特別教室を使用している際の廊下にズラーっと並んだ上履きを観ていたそうです。
大部分は綺麗に整えられて置かれていたようですが、中には裏返っているもの、向きが反対になっているもの、重なったものなど様々。
いかがなものか・・・と。


私は当時、毎朝、下駄箱を見ていました。
さすがに上履きと下履きを一緒にして履いている者はいませんでしたが
横から眺めてみると箱からはみ出して置かれているものもあります。(靴のサイズの大きい子で、どうやって入れようがはみ出してしまうものは別ですが・・・)


その他にも挙げれば切りがないのかもしれません。
下校時にクラスの生徒が全員出て行ったあとの教室を見回してみると面白いことが分かります。
机に椅子は綺麗に仕舞い込まれているかどうか。
こういった箇所で、その席に座っている子の所作について洞察することができます。


こういったことを指摘されたり、見ていたりする中。
何を考えたかと言うと。

子どもたちに靴を揃えて置く、片づける、椅子を綺麗に仕舞うといったことができるようになってもらうためにはどうすればよいか?です。

ただ、「靴は揃えて置くようにしなさい」「下駄箱にははみ出さないように片づけること」「机に椅子を仕舞ってから帰りなさい」と言って伝えるだけの指導にはしたくないと個人的に直感的に思います。
一時的なこととなるのが目に見えているからです。



みなさんはどう思いますか?
みなさんであれば、子どもたちをどのように導かれますか?



例えば、5年後、10年後、はたまた20年も30年も先まで靴や椅子を整えるという習慣を身につけさせるためにはどういったことができるでしょう。(ここまで大袈裟に必要な力なのか?と言われれば別の議論となりそうですが・・・)



少なくとも、子どもたちはそういった状況下において靴を整えるべきか、ほったらかしておくか、椅子を机に綺麗に仕舞って帰ろうか、気づかずそのままやり過ごすかという行動の選択をとる力は持って生まれていると思います。
もちろん、どちらの選択をとるかは別として選択肢自体を所持しているということです。



こうなると、大切なのは「選択肢を所持していること」に気づかせることだと私は考えます。そして、細かいことかもしれませんが、その気づきや発見を積み重ねることで思考力(考える力)は養われていくのではないでしょうか。

気づきや発見があれば、そこで子どもたちはどちらの行動をとるべきか判断をします。なぜその判断をしたのかを考えます。この一連のプロセスが彼らに変化や成長を与えうるような気がしています。


所作について、まだまだ考察が足りない自分を憂い、今後も思考を深めていきたいと思いました。

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