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私は【ありがとうオバサン】になるよ

高校生の頃、同じクラスに「リエちゃん」という美人で明るい女の子がいた。私も「りえ」という名前だ。リエちゃんとは漢字もまったく同じ。なのに、私とリエちゃんはまるで正反対だった。

リエちゃんはキラキラした派手めの女の子。私は大人しくて、言葉を変えればネクラちゃん。どう考えてもふたりの人生が交錯する可能性はない。私はリエちゃんには相手にもされないだろうな、下手したら無視されるんじゃないかなと思っていた。

ある授業で私たちは偶然前後に座ることになった。リエちゃんが前で私が後ろ。座ると突然リエちゃんが振り向いた。私はなんとなく消え入りたかった。だって私たちってどこをどう見たって「明」と「暗」、「光」と「闇」だったから恥ずかしくて。

そんな私の気持ちなんて意に介せず、リエちゃんは私にニッコリと笑いかけた。それはもう弾けるくらい可愛い笑顔で。私は・・・うれしかった。なんだかフンワリ明るい気持ちになった。幸せな気分だった。

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その時から私はリエちゃんの笑顔をマネしている。もちろん顔かたちは無理だから「笑顔」の部分だけ。人を一瞬だけでも幸せな気分にさせたいから。これは笑顔の効能だ。

若い頃は笑顔だけで良かったけれど、最近は容姿もだんだんと衰え出し、笑顔だけでは人を幸せにすることに少々不安を覚えるようになってきた。そこで私は新たな一手を考えだした。

「ありがとう」という言葉も一緒にプレゼントするのだ。

私は若い頃からどんなシチュエーションでもついつい「スミマセン」と言ってしまう癖があった。その「スミマセン」を「ありがとう」に置き換えることにしたのだ。

効果のほどは、実は定かではない。誰もその場で「いま私はあなたの笑顔とありがとうという言葉で幸せな気分になりました!」とは言ってくれないから。当たり前だけど・・・。

それでも、たまに笑顔を返してくれる人もいる。そんな時はこちらまで幸せな気分になるし、もしかしたら今ちょっとだけこの人を明るい気分にさせられたのかもしれないと嬉しくなる。

ヘラヘラしているのは日本人の悪いクセだとか気持ち悪いだとか、そういう感想もあるだろう。それは真摯に受け止めます。でもまあ、そう感じる方には1,000歩くらい譲っていただくとして、私は【ありがとうオバサン】になろうと思う。「あの人、いつもありがとうありがとうって言ってるよね」と言われだしたらこっちのもの!

そうなるまで、私は今日も「ありがとう」と伝え続ける。それに意味があるかないかの判断は、読んでくださっているあなたにお任せしたいと思う。何をやったって、文句を言われたり非難されたりもするご時世だ。だったらせめて自分の信じる事を貫いて生きていきたいと思うのだ。

あなたのお気持ちとコーヒー1杯で半日がんばれます! 私にエッセイを書き続けていくエネルギーをください!