見出し画像

iZotope Trash 2を使って6年前の曲に旨味を加えてみた

こんにちは、クレスウェアの奥野賢太郎です。今回は、音楽制作にまつわる話をします。先日、アメリカのオーディオ技術開発メーカーiZotope社がセールを行ったのですが、そこでIris 2, Trash 2という2つのプラグインが値引きされていました。せっかくなので両方まとめて買いまして、今回はTrash 2についての使用感と、その周辺の技術について紹介していきます。

今回の対象読者は、この冒頭に関心を持たれた方となります。DAW、ミックス、プラグイン、エフェクターなどに関する用語を前置きなしに使っていくため、ある程度の音楽制作・DTMを経験したことがある方に向いていることをご了承ください。

6年前の曲をリメイク

筆者は現在、アプリケーションやサービスを開発するエンジニアですが、5年前までは音楽業界で働いていました。音楽業界といっても様々で、作曲編曲から録音、舞台、演奏、講師と手広くです。転職の顛末を述べると長くなるので、それは拙ポートフォリオの記載に譲ります。

今回は、6年前に制作を担当した某スマートフォン用ゲームのBGMから、1曲をTrash 2の使用感を確かめるための題材として選び、6年ぶりにリメイクしました。まずは、リメイクしたものをお聴きください。

制作背景

このゲームはスマートフォン用のものです。当時はパズドラが流行るかどうかくらいの時期で、ソシャゲという言葉もまだ生まれていない頃だったと思います。

ゲームの内容は「1分間の中で侍がどれだけ斬ってスコアを稼げるか」というものでした。音楽の発注としては、和風ロック、1分間という流れがわかるもの、ラスト15秒は緊迫した感じにしたい、といった内容だったと記憶しています。

制作に入ると、まずは音楽のない状態で開発中のゲームを何度もプレイします。そこから、一番気持ちいいと感じるテンポを求め、ラスト15秒での緊迫感や、プレイヤーが操作を開始する瞬間などの秒数を逆算しながら、小節割りを決めていきます。7拍子や2拍子を含ませているのは、そういった事情です。そして、小節割りがすべて決まったら、そこに当てはめる形で曲を書いていきます。

楽器(シンセサイザー)は、たしかSampleTankとKOMPLETE 9を使っていました。全て打ち込みで、音色もあまり選択肢が多いとは言えなかったので、2000年前後のゲーム音楽の雰囲気になるような音色選択をしています。ゲームのグラフィック的にも、それが適していたと思います。

当時の音とリメイクの音

本稿で述べるリメイクとは、2013年当時のパラデータをもとに、トラックダウンし直したもののことです。

パラデータ:各楽器ごとの独立した録音データ
トラックダウン:複数の録音データの音量バランスなどを調整しステレオのデータに仕上げること。ミックス、ミックスダウンと呼ばれることもある。

当時の音源をすべて掲載することはできませんが、一部を比較してみましょう。前半がオリジナル版、後半が今回のリメイク版です。

これは0:20からの8小節の引用です。この8小節は、今回リメイクしたなかでも特に処理が面倒だった区間でした。というのも、低音担当楽器がSynth Bass, Electric Bass, Violoncelloと3つも登場するのです。

曲が突然テクノ調になるのは、ゲーム中ずっと他愛もない和風ロックを流し続けるよりは一度ガラッと変えたほうが1分間の体験に要所が生まれると考えてのものです。しかしトラックダウン処理的には2曲分の調整をするような状態でした。

低音楽器が3つ出てくるということは、それぞれの干渉を抑えつつ、それぞれが低音域を支えていく必要があります。オリジナル版ではSynth BassとVioloncelloが丸ごと埋もれてしまっており、E.Bassのみ主張するというバランスの悪さになっています。また、Kickが全体的に尖すぎる傾向にあります。これはおそらく当時のモニタリング環境があまり良くなかったことと、当時のスマートフォン本体スピーカーからの出音を考慮した結果によるものでしょう。この点を改良していきます。ちなみにリメイク版では、一般的なステレオスピーカーで聴取する想定でミックスしています。

作法的なトラックダウンの準備

リメイクの手順について説明します。なお筆者は作編曲からトラックダウン、マスタリングまで、すべてCubase Pro 10で作業しています。

トラックダウンの技術は日進月歩で進化しています。筆者が日常的にトラックダウン作業をしていたのは、もはや5年前なので、これから述べる手順はもしかすると古臭いかもしれません。これについては今後自身もアップデートしていきます。

まず、曲を制作したら、すべてのトラックをパラデータとして書き出します。トラックダウンを外部に委託する場合は、スタジオの仕様が先に決まっていたりするので、書き出し様式を確認するとよいでしょう。趣味や宅録業務の場合は、自分の裁量でよいため、細かいところは横着して書き出します。

現代のマシンは高性能なため、プラグイン・シンセにそのままエフェクターを繋いでも動作が遅くならず、バランスを調整して、最終的にマスタリング・エフェクターを挟んで完成とすることもできます。個人で制作する場合はそれでもいいのですが、筆者私見としては一旦すべてを分けて出力し、トラックダウン用のプロジェクト・ファイルを別途作成することを勧めます。

このオリジナル版も、作曲プロジェクト・ファイルは、2度のマシン交代の末にプラグインのインストール不足のため開くことすらできません。ですがパラデータをすべて持っていたおかげで、リメイクすることが叶いました。書き出しておくと、こういった利点もあります。

新規プロジェクトを作成し、先ほど書き出したパラデータをトラックに割り当てます。ちなみに、筆者はエンジニアとしてGitという履歴管理ツールを常用しているため、Cubaseのプロジェクト・ファイルも今回はGitで管理しました。ある程度の変更が蓄積したらコミットしています。

この写真は、ちょうどすべてのパラデータをトラックに割り当てて、色分けをした状態です。個人的にはランダムな色より、グループごとに色分けしたほうが、あとあと操作しやすいです。筆者はおおむね、ベース、打楽器、リズム楽器、白玉楽器、金管楽器、木管楽器、ボーカル、効果音の順に並べます。これは曲のジャンルにもよります。

リズム楽器:ギター、ピアノなど
白玉楽器:しろたまがっき。弦、Synth padなど。

この順番に至った経緯は、人から見たり聞いたり、あとはサウンド&レコーディング・マガジンという雑誌を読みかじって学んだものなど、様々に混ざっています。そして、この並べ方はトラックダウンの作業順にも繋がります。

トラックダウンはピラミッドの積み重ね

デジタル・ミュージックの世界では、音には許容量があります。鳴らしたい音をすべて鳴らそうとすると、その許容量を超えてしまい、いわゆる音割れという状態になります。これにはBit Depthという数値が絡んできますが、本稿では割愛します。

とにかく、バランスのよいミックスにしようと思ったとき、なんでもかんでも突っ込んではいけないという点に注意します。よくある失敗として、全体を大まかにミックスしたあと、ベースが貧弱だからとベースの音量を上げてしまい、最終的にメリハリのない音像に仕上がってしまうという事態があります。この場合、ベースを上げるのではなく、他をすべて下げる必要があるのです。

あとから他をすべて下げるくらいなら、最初に基準となるベースのバランスを決めるとよいでしょう。そこから相対的にすべてのトラックを調整していくとうまくいきます。ピラミッドの底辺部がベースで、そこから中域、高域と積み重ねていくイメージです。

自分の手順としては、まずベースの基準を-10dBと定めます。ベース・トラックをソロにして、ノーエフェクトの状態でピークがおおよそ-10dBを指すようにフェーダーを調整します。リメイク版では3種類の低音楽器がありますので、それらすべてをおおよそ-10dBになるように調整します。

そしてベースのみでバランスが取れたら、色分けしたグループ順にミュートを解除していき、ノーエフェクトの状態でドラム、リズム楽器、管弦セクション、ボーカルなどをベースの音量と比較して相対的に気持ちよく聴こえる音量に調整していきます。まだ粗くでよいので、このときステレオパンはすべて中央でよいです。

iZotope Neutron 2というチャンネルストリップ・プラグインは非常に優秀で、すべてのトラックに無条件で設定してもよいかもしれません。しかしNeutron 2を何度か使ってみた上で、筆者としては、まず最初にノーエフェクトでフェーダーのみで気持ちよく聞こえる状態に整えることを優先したほうがよいと感じます。

理由としては、音楽を良くしていく手段はトラックダウンに限らず、編曲技法そのものにもあるからです。あるいは生演奏作品の場合、録音状態の良し悪しの議論にも繋がります。Neutron 2を使えば音を豊かにできるかもしれませんが、「今かっこよくないから、あとでNeutron 2を使えばいいや」とはしないほうがよいです。もともとかっこいい曲をさらに整えるためのNeutron 2という位置付けがよいでしょう。

もしノーエフェクトでうまく収まらないとき、どれだけエフェクトを足してもいずれ限界がきてしまいます。そのため、まずこの段階で編曲に問題が無いか気付くきっかけにもなります。ノーエフェクトでかっこよく鳴らないならば「そもそもの録音を見直すべきじゃないか」とか「楽器編成はこれでよかったのか、もう1パート足してみるか、または引いてみるか」といった検討や反省ができます。そもそも、慣れてくるとだいたいこの段階でかっこよく鳴ります。

痩せた音を肥らせろ

今回のリメイクでは、あいにく2013年当時のプロジェクト・ファイルを開くことができず、追加で編曲するといったことはできません。悔やんでも今あるパラデータでなんとかするしかないのです。

サンプリング音源の弦楽器や管楽器は、安価なパッケージの場合、残念ながらとても痩せた音になりがちです。対策をしなければ、単体で聴くとそれっぽい音でも、一斉に鳴らすと全員埋もれるといった事態になってしまいます。

そこで、埋もれさせない救世主となるのが、iZotope Trash 2です。

ゴミ箱というクールな製品名ですが、音を捨てるどころか足すという豪快なエフェクターです。Trash 2の効果について、まずは次の例を聴いてください。前半はエンディング部分をノーエフェクトでフェーダー調整だけしたもの、続いて後半は完成版です。

前半は、Hi-hatやTomsがただ鳴っているだけという感じです。ClapとKickはリズムマシン系のサンプル、Hi-hatとTomsは生ドラム系のサンプルなので、うまく馴染んでいません。

後半は、E.Bass, Hi-hat, Toms, 打楽器全体をまとめたグループトラック、ピアノ、尺八にそれぞれTrash 2を追加しています。Hi-hatとTomsには、Trash 2の前段にさらにFairchild系の真空管コンプも足しています。全体的に荒々しい曲風を強調でき、音の馴染みもよくなりました。

Trash 2はディストーション・エフェクターと紹介されていますが、個人的にはこれ、もったいない文句だと思っています。一言でディストーションというと、ギターやベースに掛けるものと誤解されがちなためです。しかし、Trash 2はあらゆるトラック……、なんなら全トラックに使ってもよいくらい万能なエフェクターです。Trash 2を「音を激しく歪ませるためのもの」という認識でいるのなら、次の認識も加えてください。「音に旨味をちょい足しできる」ということを。

おすすめは「ちょい足し」

筆者は、まさに勘違いしていた側で、Trash 2はギターやシンセに使う飛び道具だと思っていました。ですが、今回セールで購入してみて、その万能さに驚きました。

では「ちょい足し」について説明します。Trash 2で「ちょい足し」をするための重要な3つの機能が、次の写真の赤枠で囲った部分です。

左上から、マルチバンド・ディストーション、レンジごとのミックス量、そしてマスターの Dry/Wet コントロールです。この3つがとても重要です。

ディストーションを音の全体に適用してしまうと、それこそエレキギターのような荒々しい歪み(ひずみ)サウンドになります。しかし、Trash 2のマルチバンドという最大の特徴を活かさない手はありません。これは音全体の中から「狙った箇所」だけ「ほんの気持ち程度」歪ませるといったことが可能なのです。

つまり、めちゃめちゃ高機能なエキサイターであるということです。エキサイター自体は、iZotope Ozone 8にも搭載されているエフェクターで、倍音を足すことで音を目立たせるという効果を持つものです。この、倍音を足すという処理が、痩せたサンプリング音源を肥やしてくれるのです。Trash 2はOzone 8 Exciterよりもはるかに歪ませ方をコントロールしやすいので、積極的な音作りとして万能に立ち回れます。

ディストーションはプロの現場に行くと、割と頻繁に使われるエフェクターで、ギターやベース以外にも躊躇なく使っていたりしますが、趣味で宅録を続けているだけだと、なかなか気付かない観点かもしれません。「Skrillex氏がベースに使っている!」と聞くと荒々しい音楽のためのエフェクターと勘違いしそうですが、クリーンな音楽にも意外と使えます。

さて、「ちょい足し」について説明したところでちょい足し後の例を紹介しましょう。まずは上でも取り上げたエンディングより、ピアノ部分のみをソロにしたものです。

ピアノ単体で聴くと、意外とザラザラした音になっていることに気付くでしょう。ピアノソロ曲でこれくらい歪んでいたらちょっとイヤですが、荒々しいドラムと混ぜるとき、これくらいの歪みがほどよく馴染んでくれます。

次の例は曲の中盤、サビに向かっていく手前の2小節について、Violoncelloのみをソロにしたものです。前半がTrash 2をミュート、後半が完成版です。

前半はいかにも「サンプリング音源の弦」って感じで、打ち込みっぽさが残っていますが、後半は弦を激しくこする質感や低域の豊かさが増しています。リアルな生オーケストラのシミュレートでここまで処理をすると嘘っぽくなりますが、曲のジャンルによっては、このちょい足しが効くかと思います。これらはEQを上げるだけでは実現できません。

オートメーションで命を吹き込む

最後にTrash 2のもう一つの注目機能、マスターの Dry/Wet コントロールと、オートメーションの合わせ技について紹介します。

前節で紹介したピアノの例、Violoncelloの例では、どちらも余韻に雑味を含んでいませんでした。しかし、マスターの Dry/Wet コントロールを何も操作しないと、楽器の音の減衰を忠実に歪ませてしまい、かえってノイズとなってしまうのです。次の例は、ノイズが発生しているものです。

せっかくのちょい足しも、ここまで歪んでしまうとやりすぎです。そこでオートメーションを書きます。

画面はCubaseでの例ですが、おおよそのDAWでは、フェーダーやパン以外にもオートメーションを書くことができます。これでTrash 2に対してオートメーションを書き込むことで、余韻はクリアにしつつ、音の本体は歪ませるといったことが可能になります。さらにセンド・エフェクトでリバーブを足せば、そのつなぎ目が不自然になることもありません。

リメイク版では余韻をクリアにする以外にも、尺八のトラックに対して、強弱に合わせてTrash 2 Dry/Wetのオートメーションを書いています。フェーダーを上げ下げするよりも、よっぽど生き生きしますよ。

Trash 2のプリセットは多くが派手な効き目を持つので、一聴すると自分には合わないと感じるかもしれません。そんなとき、諦めずにマスターの Dry/Wet コントロールを絞って、わずかに掛ける状態で聴いてみてください。きっと、案外使いみちが広いことに気づくでしょう。

慣れてきたら公式のCookbookを参考にプリセットを変化させてみましょう。英語ですが、写真を見るだけでもなんとなく分かると思います。

音作りをする際に、注意することとして、必ずすべてのトラックのミュートを解除した状態で行ってください。トラックダウンの段階で、対象のトラックをソロにしてひたすら音作りをする方がいますが、音楽はすべてのトラックが同時に鳴って初めて成り立つもの。ソロでの音作りは、カレーに入れる香辛料の粉だけを舐めるような行為なので、ちゃんと鍋に入れ混ぜてから味見をしてください。

なお、編曲段階での音作り手順はこれに限りません。ソロで作り込むこともあります。それに関してはiZotope Iris 2のレビュー記事を今後書こうと思っていますので、そちらで。

細部を磨き上げる

粗く全体のバランスが整ってきたら、全体的なステレオパンを調整して、空間系の処理に進みます。リバーブやディレイなどのことです。ステレオ処理に進むと全体の位相が変わってくるため、ここから改めて根気強くバランスを調整する必要があります。なので最初のバランスは、叩き台として捉えてよいです。

空間系の話題はそれだけで1記事分が書けてしまいます。今回はTrash 2を中心とした記事のため、残念ですがここからの手順は省略。

仕上げはインテリジェントなOzone 8にお任せ

最後に、マスタリングにはiZotope Ozone 8を使います。

Ozone 8のTrack Referencing機能で設定を全部やってくれるのは非常に便利ですね。ですが、他の曲もいくつも聴き比べて、最終的には自分の耳でかっこいいと言いきれるまで詰めていくのがよいです。自動設定をして即エクスポートするよりも、より目指している音に近づきますし、どこに既存の曲と自分の曲との差があるのか、Ozone 8の設定を触りながら耳で気付けるようになります。

同様に、Neutron 2の自動設定もひたすら便利ですが、こちらも一度はすべてのモジュールをミュートにして、Neutron 2が音の何を変化させたのか耳で覚えておくとよいでしょう。今後何を触ればどういう音になるのか学べます。

iZotope社製品は機械学習による自動設定が非常に強力ですが、最終的には自分の耳が最強だと思っておくと気分がいいと思います。みなさんもTrash 2やOzone 8を駆使して、楽しんで最強のミックスを作ってみてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?