見出し画像

短編集 | とある街で | 10:00 a.m.取引先、つまらないものですが

とある街の、ある日。
どこかにいるかもしれない9人の物語。
知らない誰かとも、どこかで繋がっている日常を、
おやつと共に描く短編集。
(2021年11月開催 絵とことばの個展「おやつ展2」より)

ふぅ、と一呼吸ついて、呼び出しボタンを押す。
「商工観光課の高橋です。10時から佐藤さんとお約束しておりました。」
受付の電話で努めて明るく名乗ると、お待ちください、と若い女性の声が応えた。

程なくして、小柄な女性がドアを開けた。佐藤さんの部下の伊藤さんだ。
「お世話になっております。佐藤ですが、本日別件の対応で動けなくなってしまったので、私が対応させていただきます。」

まいったな......。愛想笑いをしながら、内心暗雲がたちこめる。

商工観光課と昔から付き合いのあるこの広告代理店に、町のプロモーション企画を依頼している。今年から私がその窓口担当となり、やりとりしているのが佐藤さん、広告業界のベテランだ。ノリは良いが、自分主導であまりこちらの話を聞いていない。提案された案も、どこかひと昔前のアイディアだと感じていた。そして、その部下が伊藤さんなのだが、ほとんど喋らず、終始仏頂面をしている。正直、この二人との打ち合わせは苦手なのだ。

いつもは応接に通されるが、今日はこじんまりとした会議室に通された。

「あの、これ、つまらないものですが......。」

佐藤さんの故郷の温泉郷に家族で行ってまいりまして。おぉ!懐かしいですねぇ。
そんな世間話をしながら佐藤さんに渡すはずだった温泉まんじゅうの紙袋を、伊藤さんに差し出した。沈黙。

間を埋めようと会話の糸口を探すも、二十代の女の子と何を話せばいいのだろう。

「それ、要るんでしょうか。」

え、私は相変わらず仏頂面の伊藤さんを見返して固まった。若い女子が温泉まんじゅうのお土産に不服なのはわかるが、おいおい、いくら何でもその反応はないだろう。

「あの、『つまらないものですが』って言うの、要るんですかね。っていう意味です。」

予想外すぎて、一瞬頭が働かない私に、伊藤さんは小さな声で、でもはっきりと言った。
「プライベートで仕事の人にお土産を買うって、結構なことだと思うんです。相手のことを考えて、これを選んだ訳ですよね?だから、つまらないものじゃないと思います。」

いただきます。そう言って伊藤さんは丁寧に紙袋を受け取った。

「あの、私、やるからにはちゃんとした企画にしたいんです。これまでの佐藤の案について、高橋さんはどう思いますか?」
「えっと、そうですね……。
佐藤さんの案も捨て難いですよね。」

まっすぐな仕事への熱意に対し、へらへらと忖度で返すこちらを、伊藤さんは冷めた目で見返していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?