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メタバース 徹底して分かるまで その9

プラットフォームビジネスはなくなるか?

さて、今回は、Epic vs Appleの裁判が判決に関係なく、メタバースの登場への大きな動きになるという話をしてみたい。プラットフォームビジネスがなくなる、というのが筆者の考えである。

最初にプラットフォームビジネスは残る、という考えを紹介しておこう。参考にした論文は”Epic versus Apple and the future of app stores”で、December 2021Communications of the ACM, Volume 65, Issue に掲載されたもので著者はMichael A. Cusumanoである。

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クスマノ氏はMITのスローンスクールの教授を長く務め、インターネットビジネスについて影響力の強い本を30年近く出版してきた。マイクロソフトの勝利を説明したMICROSOFT SECRETSは1995年である。出版されたときに、びっくりして読んだ覚えがある。

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その後、The Business of Platforms: Strategy in the Age of Digital Competition, Innovation, and Power 2019 等を出版している。

彼がEpic とAppleの裁判についての意見をACMの雑誌に載せている。かいつまんで紹介しておく。

Epic対Appleとアプリストアの未来


マイケル・A・クスマノ著
コミュニケーションズ・オブ・ザ・ACM、2022年1月、第65巻第1号、22-24ページ

Epic versus Apple and the future of app stores
       ACMとはAssociation for Computing Machiner の略称で、wikiによると、1947年に創設された世界最大の科学的かつ教育的なコンピュータサイエンス学会である。余談になるが、計算機科学分野での最高の栄誉とされている「チューリング賞」はACMが出している。
       iPhoneなどスマートフォンはほんの12年ほど前に市場に登場してくる。当時はソフトウェアを探し、インストールすることが大変だった。そこに「オンラインアプリストア」の考えが登場して、簡単にソフトを選んでインストールできるようになった。そしてこの仕組みはソフトウェアビジネスを根本的に変えた。アプリストアは、ユーザーが必要なソフトウェアがみつかる便利なものであったが、スマートフォンやパソコンのOSと連動しており、ユーザーがそこでさまざまな企業のソフトウェアを見つけることができるマーケットプレイスとして機能した。
  このマーケットプレイスにはプラットフォームへのアクセス、ユーザーインターフェース、互換性、価格、支払い方法、品質、セキュリティ、知的財産権などを規定する一連のルールがすべて含まれている。この仕組みを活用して現在多くのソフトウェアが販売されている。2021年現在、Android OSを搭載した携帯電話やタブレット端末向けのGoogle Playストアには約350万本、iPhoneやiPad向けのAppleのApp Storeには約220万本のアプリが登録されている、という。
   さて、今回のEpic vs Appleの動きは、今後の法的判断や政府による法整備によって、appleやgoogleによるアプリストアの運営が困難になることをしめしている、とクスマノ氏は説明する。実はアプリストアは、20年ほどまえから登場してきたプラットフォーム・ビジネスの重要な要素になっていた。Apple社は、2020年にApp Storeから(大半のアプリが無料であるにもかかわらず)約200億ドルの利益を得ており、さらにiPhoneアプリの売上のうちモバイルゲームが約70%を占めている。一説には、AppleのApp Storeの利益率は78%にも上るという。
   我々はこの動きを当然のようにおもっている。14年前の2008年にApple App Storeが登場して、ソフトウェア会社がビデオゲームのソフトウェアライセンス、アップグレード、購読、バーチャルグッズを販売すると、その30%を関税としてappleに支払うことになっている。スマホゲームからソフトウェアゲームへと業界が動いているときに、30%の税金の話を筆者(奥出)はあるところで聞いて、なんという利益率だ、と思った記憶がある。それにもかかわらず、アプリストアは、その利便性と流通力から、スマートフォンユーザーがソフトウェアにアクセスし、開発者がユーザーにアクセスする主要な手段であり続けてきた。このビジネスモデルを今回ゲーム会社のEpicが公然と批判して、裁判を起こした。その流れを前回は見てきた。
   フォートナイトを知っているだろうか。これは戦闘ゲームで、なんと約2億人のユーザーを持ち、無料で遊べる。だが、プレイヤーは様々なアイテムをカスタマイズしたり、衣装やアクセサリーを購入したり、バトルパスを購入することが出来る。これは有料でV-Bucks(ゲーム内通貨)を購入して支払う。推定70%のプレイヤーがこうしたゲーム内購入を行い、2019年には1カ月あたり3億ドルにも上るとクスマノはこの論文で説明している。ポイントは、Appleが初期支払いの30%だけでなく(フォートナイトは無料なのでここではこの税金は発生しないが、)ユーザーがゲームをプレイしながら購入する「アプリ内」支払い-グレードアップやアクセサリーの購入にあてる、から30%の税金をとるのは不当だ、というものだ。
   これに対してAppleは、EpicがApp Storeを通さないアプリ内課金を禁止する利用規約に違反していると主張し、フォートナイトをApp Storeで販売できないようにして、またiPhone上でプレイできないようにした。Epicは2021年8月にAppleを提訴した。Epicはユーザーはアップグレードやバーチャルグッズを直接(Epic Games Storeなどを通じて)購入し、その売り上げの30%をappleに払わないで済ませたい、と主張したのだ。この訴訟は2021年5月に裁判となり、9月に最初の判決が下され、Epicは敗訴した。裁判官であるYvonne Gonzalez Rogersは、AppleがサードパーティのiPhoneアプリマーケットプレイスやアプリ内課金を禁止し続け、30%の手数料を徴収することを認めたのだ。 だが、ここで注目すべきは、判決はモバイルゲームのみを対象としている。他のソフトウェア製品やデジタルサービスのアプリストア販売に対する扱いについては言及していない。
   クスマノ氏は裁判を総括して、プラットフォーム・ビジネスが今後成立するかどうかが問われていくとする。プラットフォーム・ビジネスは、定義上、2つ以上の市場サイドを接続し、それらのサイド間でネットワーク効果を生み出すことに依存するものである。ネットワーク効果とは、同じプラットフォームやサービスを利用するユーザが増加することによって、それ自体の効用や価値が高まることである。 例えば、電子メールを使うユーザーが増えれば増えるほどメールを送信できる相手が増加し、メール自体の価値が高まる、というのも1つの例だ。スマートフォンやコンピュータは、アプリケーションなしにはほとんど価値を持たず、そのほとんどはサードパーティから提供されている。したがって、本来であれば、プラットフォーム企業は開発者に報酬を支払うべきである。ところが、現状においては、アップルやグーグルは、独立系ソフトウェア会社が生産した何百万ものアプリケーションに対価を支払うどころか30%もの重税を課し、自らソフトウェアやサービスを開発していない。一方、ユーザーは現状ではマーケットプレイスや決済システムがなければ、ユーザーは何百万ものアプリケーションを簡単に検索することはできない。というわけで、アプリストアは今後も存続し、プラットフォーム企業、アプリケーション開発者、そしてユーザーに特別な価値をもたらす。しかし、私たちがすべきことは、これらのマーケットプレイスを管理し、それらが生み出す富を共有するための、より公平な方法を見つけるこことだとクスマノ氏は論文を結んでいる。

メタバースは社会をよりよく(better)にすることで情報社会に破壊的イノベーションを起こす


   しかし、詳しく紹介した裁判記録から、Epic社の述べていることを考えると、メタバースの登場でプラットフォームビジネスは成立しなくなるというのが本来の流れではないだろうか?基本の考えは破壊的イノベーションである。この言葉使う人は多いが、正確な定義を知っているだろうか。クレイトン・クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』(1997)で提示した考えで「破壊的」(disruptive)という言葉の理解がポイントである。これは破壊的という言葉が非常に高度な先端的な技術を示していると誤解されて使われていて、技術系の投資家はそうした技術を探す。だが、クリステンセンのいう「破壊的イノベーション」とはいわゆるブレークスルー技術ではない。彼はハードデスクの破壊的イノベーションの研究を事例に使っているが、最初はオモチャのように見えるプロダクトが、やがて主流の大手企業の市場を徐々に侵食する現象を破壊的イノベーションという。大容量高速の8インチハードデスクの会社が小容量低速の5インチハードデスクの会社にとってかわられる。このとき8インチハードデスクを製造していた大手企業は5インチを製造する新興企業にかてない。なぜなら、5インチハードデスクを必要としているPC市場が勃興しており、8インチハードデスクをつかっていたミニコンピュータ市場が縮小していたからである。ミニコンからパソコンへ動きをとめることは構造上難しい、とクリステンセンは述べたのだ。

それまで高価で複雑で、資金やスキルのあるごく少数の人だけがアクセスできたものが安価で単純な構造になって、広く多くの人が使えるようになるときに破壊的イノベーションがおこる。コンピュータ産業は「ミニコン→PC→ラップトップ」と動いてきた。8インチ、5インチ、3.5インチのハードデスクが対応する。その後スマートフォンがプラットフォームになる。最初にこうした次のプラットフォームの候補が登場した時には、価格も技術も収益性も低い。だが、こうした技術こそが既存の市場を破壊するイノベーションとなるのだ。

破壊的イノベーションとは、ビジネス構造を破壊するようなイノベーションの事である。つまり、かつては高価で高度に洗練された製品やサービスを、より多くの人々がより手頃な価格で利用できるものにするイノベーションのことだ。誰が何をつかって誰を破壊しようとしているのか、を見ることが非常に大切になる。メタバースを破壊的イノベーションなのか?とするとどのような市場を壊そうとしているのか?

メタバースを巡るappleとEpic社の動きは破壊的イノベーションとどのように関係しているんだろうか?メタバースという技術があって、それが社会に普及していく戦いなのだろうか?いま没入型三次元インタラクション技術を巡る理論はそこにフォーカスが当たっている。だが、VR技術を考えるとそれほど新しい技術ではない。経営学を勉強した人なら、これは技術では無くてプラットフォームの戦いだ、と言うだろう。googleもfacebook もAmazonもプラットフォームである。MacやPCもかつてのプラットフォームである。携帯電話もプラットフォームである。そして当然iPhoneもプラットフォームである。プラットフォームの戦いなのか、非常に高価な技術が組み合わせを変えて既存の市場を壊し、新しい顧客を見つけようとしているのか?Ballはそう考えない。

BallはThe Metaverseの第1章  A brief history of the future、 これからやってくる未来、を理解するための短い歴史と題された章の最後で、メタバースは軍事技術の投資が市民社会に拡がって出来上がったインターネットとはことなり、商業とデータ収集と広告と仮想プロダクトの販売によって作られてきた技術だという。さらにコンピュータ領域で、巨大な企業が市場を押さえ我々の生活を支配したあとで登場してきた技術だという。だが、こうした技術のおかげで大量のデータを人工知能や機械学習で処理できるようになり、メタバースが生まれた。インターネットのビジネスモデルは広告とソフトウェアの販売であった。利用者の数というスケールが問題となり、利用者がいま何をしているのかの情報でビジネスが動いていった。さらに、インターネットで大きくなった会社は自己の利益をまもるために本来オープンではじまったエコシステムを閉じるようになっていった。

プラットフォームを作ることで、ユーザーと開発者の基盤を確保すると同時に、新しい分野に進出し、潜在的な競争相手を阻止するために、各巨大企業は過去10年間、エコシステムを閉鎖してきた。これは、多くのサービスを無理やり束ねたり、ユーザーや開発者が自分たちのデータを簡単にエクスポートできないようにしたり、様々なパートナー・プログラムを停止したり、自分たちの覇権を脅かす可能性のある営利目的やオープンスタンダードさえ(完全にブロックしないまでも)阻害したりすることで行ってきた。これらの策略は、プラットフォーム会社が比較的多くのユーザー、データ、収益、デバイスなどを持つことから生じるフィードバックループと混ざり合い、インターネットの大部分を効果的に閉鎖しているとBallは糾弾する。 今日、開発者は基本的に許可を受け、支払いを行わなければならない。ユーザーは自分のオンライン・アイデンティティ、データ、あるいは権利の所有権をほとんど持っていないのだ。

人々がメタバースのディストピアを懸念するのは、むしろ妥当なところだとBallは続ける。 メタバースという概念は、私たちの生活、労働、余暇、時間、富、幸福、そして人間関係が、デジタル機器やソフトウェアによって拡張されたり支援されたりするだけでなく、仮想世界の中で費やされる割合がますます高まることを意味するからだ。ここの視点は非常に重要である。PCの前で過ごす時間を考えてみるといい。40年前にはせいぜい文章を書くときぐらいだったのが、メールを書いたり読んだりすることに使い、プレゼンテーションを準備するためにコンピュータの画面を見るようになった。ニュースやメッセージを読み書くことに時間を使うようになる。携帯電話やスマホが登場すると、友達とメッセージを交換したり、自分の日記を書いて公開したりすることに費やすようになった。メタバースは何百万人、何十億人という人々にとって、デジタルとフィジカルの両経済の上に位置して両者を統合する存在となっていく。その結果、仮想世界を支配する企業は、今日のデジタル経済をリードする企業よりも支配的になる可能性が高い。ここにプラットフォームの創出では無くて破壊的イノベーションがおこるのだ。今日の巨大デジタル企業の市場が破壊されるからである。

その破壊あるいは変化はどのようにおこるのか。それはメタバースが、データの権利、データセキュリティ、誤報と過激化、プラットフォームのパワーと規制、不正使用とユーザーの幸福など、今日のデジタル社会が直面する難しい問題の多くをより明確にすることから始まる。メタバース時代をリードする企業の哲学や文化、あるいはビジネスにおける優先順位は、単にバーチャルであるとか報酬が多いということではなく、未来が現在よりも良くなるためにむかっていくのである。

我々が、ユーザーとして、開発者として、消費者として、現状をリセットして自分の未来を決定する能力をもっているということを確認できるのがメタバースなのだ。ここが理解できると、メタバースは、人々の距離を縮め、進化のために破壊されねばならない産業を変革し、より平等な世界経済を構築するチャンスでもあるのだ。メタバースが持つ可能性がほとんど理解されていないのが現状だ。ここを変えていきたい、とBallは第1章を結ぶ。良き未来のためのメタバースの短い歴史を理解した上で、細かな議論に移っていくのだ。





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