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アンニュイ【短編小説】

気が乗らない日もある。
今日がその日。

僕はただ自分の殻に閉じこもって、ひたすら眠っていたい。
そんな日もある。
今日がその日。

「そういう日なのです」
と、説明したのだけれど、
「いやあ、そこをなんとか」
と、無茶なことを言う。


アンニュイなのだ。
真っ白な机に突っ伏して、光がやたらと入る窓を眺めながら、ゆっくりと紙を千切っていたいぐらいアンニュイなのだ。
小さくピアノの曲が遠くで聴こえる。
何も食べたくない。

観葉植物には水をあげる。

しばらくしてまたスマホが振動する。
そのまま放置しているのもまたアンニュイなのだけれど、ゆっくりと手に取り、
「はい……」
と、小声でアンニュイに出る。
「そろそろどうでしょう?」
「いや、無理です」
「そこをなんとか」
「まあ、まあ」

僕は電話を切り、またソファに転がる。
一点を見つめたまま、その視線の先がコーヒーカップであることに気づく。
飲み口にうっすらコーヒーが滲んでいる。
もちろん、光が差し込んでやたらとカップも光を反射する。
アンニュイなのだ。

目玉焼きをつくる。
それぐらいなら、気が乗らない日でもギリギリにできる。

冷蔵庫は少し丸みをおびた旧式を想像させるデザインで、くすんだ水色をしている。
そこから瓶に入ったミネラルウォーターを取り出し、コップに、注ぐ。
もちろんやたらとコップ周りに光があたる。

目玉焼きにケチャップをかけ、フォークで食べる。

インターフォンが鳴る。
モニターを見る。
そこには、スーツを着た男がかしこまって立っている。
「そろそろどうでしょう?」
「いや、無理です」

シャワーは熱すぎないほうがいい。
気が乗らない日に、シャワーを浴びるというのは、かなり重要なことなのだ。

インターフォンが鳴り止まない。
それは、アンニュイじゃない。

「そろそろ!」
「……分かりました」

僕は部屋を出て彼に誘導され、アンニュイじゃないこの一言のために、外へ出る。

「被告人は無罪」

世間がざわめき、また僕は少しだけ憂鬱になった。


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