笑顔を【短編小説】
バスが混んでる。
ベビーカーに2歳ぐらいの女の子。
へへへッへッ。
と、時折笑う。
僕は一番うしろの席で、その様子をなんとなく、目に入れる。
と、隣の席の60代ぐらいの白髪でスーツの男性が、ベビーカーの女の子に手を振る。
「……」
女の子、笑うのを止めて、表情がなくなる。
白髪の男性、動きが大きくなっているのを気配で感じる。
「……」
女の子、ジーッと白髪の男性の方向に目を向けている。
白髪の男性、身体をクネクネ動かしてさらに媚を売る。
女の子、見るのをやめて、横で座っている母親らしき女性を見る。
ヘヘッ、へへへッへッ。
と、笑う。
母親らしき女性も気づき、顔を女の子に近づけて、笑いかける。
微笑ましい。
白髪の男性、ジッとそれを眺めている様子。
「……」
女の子、また白髪の男性の方を見る。
と、白髪の男性、バァと声を出さないけれど、手を広げてまた媚を売りはじめる。
「パァ」と、空気漏れのような音が白髪の男性から聞こえる。
女の子が再び無表情になる。
白髪の男性、リベンジとばかりにクネクネが少し大きくなり、スーツが擦れるクシャ、フシャと音が響く。
二人の間に立っている数人がじっくりは見ないものの、白髪の男性の動作が気になって、チラチラと見たり、目線を外したり、顔を少しこちら側に向けたりしている。
女の子は無表情のまま。
「……」
「扉が締まります」
車内アナウンスが流れ、バスが走り出す。
混んでる車内。
でも車内は静か。それぞれがスマホを眺めたり、窓の外を見たり。
「……」
「……」
女の子と白髪の男性は見つめ合っている。
白髪の男性は媚を売るのを止め、ただ見つめている。
なにかが終わり、またなにかが始まろうとしている。
女の子、母親の方を見て、
へへへッヘヘッ。
と、笑う。
「……」
ポキンと、聞こえない音がした気が。
心が折れた?
「……」
白髪の男性がスマホを取り出し眺め始めた。
僕は、心の中で「終わったんだ」と、思った。
少しだけ加齢臭がした。
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