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生活保護は素晴らしい

【短編小説】生活保護
今巷で話題の日本の生活保護制度はすごいという話です。
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大久保さんちのアパートにFさんとMさんという二人のおじさんがいる。10年くらい前からとある事情で格安で住まわせている。Fさんは月90000円の年金暮らしで、Mさんは生活保護暮らし。

6月16日、Mさんから電話があった。
「つよしさん、実はFさんが半年くらい前からすごく弱っちゃってて一人では生活できない状態なんです。ヨロヨロで家から出られないから、僕がご飯買ってきてあげたり身の回りの世話してるんですけど、僕も暇だからやってあげてましたけど、さすがにもう限界で…おもらしとかもしてるみたいで部屋の中の匂いもきつくて…」

おおお、ついに来たか…この時が。身寄りのないFさんよ、誰が彼の面倒を最後まで見るのか。このままうちのアパートで一人死んでいくのか。誰が葬式をあげるのか。アパートは事故物件になっちゃうのか。色んな考えが僕の頭をよぎる。

「ここだけの話、お金下ろしたりするのも僕がやってるんですよ。Fさんが僕を信頼してくれて銀行口座の暗証番号も教えてくれてるんです。だからできるだけのことはやってあげたいんですけど、Fさんの状態もだんだん悪くなってきていて……」

FさんとMさん。もともと友達でも何でもないけど、たまたま長年近くに住んでるだけのよしみで半年間も世話してくれていたなんて、Mさん少し変わってるけど根はいいやつなんだなやっぱり。Fさんも暗証番号までおしえちゃうなんて。なかなかの信頼関係だ。

「Mさん、とりあえず市役所に電話してみて。訪問ヘルパーとか呼べるかもしれないから」
「わかりました。僕が生活保護でお世話になってる人に聞いてみます」

その日の夕方、市役所から委託を受けている地域包括支援センターというところのOさんがアパートに来た。あれ、見覚えがある。
「Oさんじゃないですか。大久保です。その節はばあさんがお世話になりました。またこんなところでお世話になるとは」
Oさんはうちの婆さんが最期お世話になった特養老人ホームのスタッフで、今はこのセンター業務を市役所から頼まれてやっているとのことだった。Oさんが担当してくれるなら一安心。

僕たちは早速Fさんの様子を見に部屋に入った。ひどい匂い。食べ残しの無惨なカップラーメンやコンビニのレンチン惣菜よ。
Fさんはホームレスのようなボサボサ髪で爪はゾウさんのツノみたいに伸びていた。表現は虚ろで話しかけても反応が薄い。動きも鈍い。それもそのはずその時のFさんは血圧200もあった。

「ヘルパーさんに来てもらうには、介護認定を受けなくてはなりません。そのためにはまず医師の診察が必要です。Fさんはかかりつけ医などいますか?」
とOさん。

病院なんてもう何年も行ったことないFさん。翌週ぼくたちは近所のクリニックに連れていった。
受付の人は怪訝そうな顔。コロナで密を避けてるところへ、僕とOさんとMさん3人でFさんを連れて行った。
待つこと2時間。レントゲンとか血液検査とか一通りの検査をしてもらった。
「血圧を下げるお薬を出します。2週間後にまた来てください」

診察代とお薬代合わせて4000円ほど。そうだ。薬をもらうにはクリニックに定期的に行かねばならない。
月90000円の年金。家賃が、、、円で、光熱水費が、、、で、食費が、、、、円。薬代が、、、円。
いったい週に何回ヘルパーさんを呼べるのだろうか。

Fさんの部屋の冷蔵庫が壊れているため、翌日僕とMさんは新しい冷蔵庫を買いにいった。セカンドストリートで10000円もしないやつを見つけた。

Fさんは家賃を一ヶ月分滞納していた。6月15日に年金が2ヶ月分出たけど、そこから家賃2ヶ月分が引かれ、昨日の病院代に、今日の冷蔵庫と出費が続く。次の年金が出るのは8月。

「一人暮らし向けの食事宅配サービスもありますけど週に何回かでも利用してみますか?一食500円くらいですけど」
とOさんが提案してくれた。

Fさんのお金は計算上はまだ十万円以上残っているはず。Mさんの負担も減るし、健康にもいいし、それはいい提案だと思った。

しかし、なんと、Mさんいわく
「Fさんの口座には残り10,000円位しかないんです」
年金が出てからまだ十日程度なのに。なぜだ。
「なんでか分からないんですけど、そうなんですよ」
とMさん。

状況からしてこの半年間Fさんの金を銀行からおろせるのはMさんしかいない。
「通帳はどこにあるの?」
「通帳はなくしたらしいんです。カードしかないんです」
「よし通帳を再発行しよう」
「そうですね。あ、でもFさんが通帳はいらないって言ってるんです。過去の履歴を見られたくないんですかね」
「現時点でそんなにお金がないなんて、Fさんどこかから金借りてて自動的にひかれてるのかな」
「いやそれはわからないですね」

僕とOさんは一気にMさんを怪しむ。けれど、今Fさんの面倒を見られるのは彼しかいない。
Fさんは一人で薬を飲むこともできないから毎晩Mさんに頼るしかない。
今、彼を問い詰めても、追い詰めても、仕方がない。

「次の年金が出るまで一ヶ月半もあるから、お弁当はとても頼めないですね。病院もあと何回かいかなくちゃならないですし。これじゃヘルパーさんだって頼めないですね」
とOさん。

7月6日。僕たち3人はFさんをまた病院に連れて行った。MさんはOさんに言われた通り毎日Fさんの血圧を測りそれをメモしていた。薬のおかげで血圧が少し下がっていた。
「少し良くなってきてますね。次は一ヶ月後に来てください」
「先生、実はお金があまりなくて、次回は年金が出る8月15日以降でも良いですか…」
とOさん。

診察が終わりFさんを家まで届けると、Fさんは初めて僕にペコリと頭を下げた。これまでは病院に連れていっても冷蔵庫を買ってきてあげても無反応だったFさん。半月前に比べると体調が良くなってきている証拠だろう。

その後のOさんの対応というか働きぶりは素晴らしかった。
「Fさんの状態だと、ヘルパーさんを頼むだけだと限界がありますね。本人の意向もありますけど、施設への入所のほうがいいかもしれませんね。施設の方が食事や体調管理も心配いりませんし、お金の管理もしてくれますし」
「でもFさんの年金額では、ヘルパーさんくらいなら頼めるとと思いましたけど、施設には入るのは金額的に無理じゃないですか」
「こういうケースの場合、もし生活保護の申請が通れば、年金で足りない部分の医療費や介護費をそれでまかなってくれるんです」

おおお、Oさん、神。生活保護って制度も神。
生活保護って単に毎月数万円のお金がもらえるだけじゃないんだ。

OさんはFさんの事情を、すでにお金が一万円もない状態であることを含めて、市役所に説明してくれて、生活保護の申請をしてくれた。
すると、市役所側の対応も素早くて、取り急ぎの生活費としてすぐに何万円か支給してくれた。払えない予定だった8月分の家賃も市役所が不動産屋に直接払ってくれた。らしい。

「Fさんの入れそうなサービス付きの高齢者施設が見つかりました。つくばじゃなくて阿見なので少し遠いのですけど」
Oさん素晴らしすぎる。
「あとは本人が同意してくれればですね。今のところまだこのままここのアパートにいたいと言っているんです」

血圧200で少し耄碌しているFさんからすると、いきなりやってきたOさんと僕が彼を騙してどこかへ連れて行ってしまうんじゃないかという懸念がずっとあるだろう。
これまでMさんが面倒見てくれて自分の部屋で生活できていたのに、突然やってきて、ヘルパーだの施設だの言ってるんのだから。

たしかに生活保護が通れば、それでヘルパーさんにもきてもらって、引き続きMさんにも助けてもらって生活できないことはないけど、病院とか食事とか考えたら本人にとっても絶対に施設の方がいいだろう。

しかも現状、訪問ヘルパーさんはなり手が不足していて、つくば市内では見つけることが相当難しいらしい。コロナの影響もあってかデイサービスなども閉鎖していたり、ヘルパー業界、ブラックなのか?! てかコロナで利用者減るならそもそもデイサービスって税金使ってまでやる価値あるものなのか?!
僕の認識だと国はかつて施設よりも在宅介護を推進してた気がしたのだけど、なにかが変わったのかな?
ちなみに訪問看護は順調らしい。看護師の単価高いからな。

Oさんは、それからも、Fさんのゾウさんのような爪を切ってくれたり(本当はこれ看護師とか資格ある人しかやっちゃいけないんだけど)、部屋の掃除してくれたり、パンの差し入れしてくれたり、施設がとんなところか丁寧に説明をしてくれたようで、FさんはOさんをだいぶ信頼してくれるようになった。

8月15日が近づいてきて、まもなく年金が出る。てか15日は日曜なので13日の金曜に出た。
昨日だ。

次の病院受診は17日。
さて、Fさん、施設に入ることに同意してくれているだろうか。

(続く)

※日本の生活保護という制度は素晴らしいという話です。
※この話は事実をもとに記憶を辿って書いているので事実誤認も混じっています。

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