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短編小説『そこに私がいた』(連続短編小説『天国へ届け、この歌を』最終回)


日本からエアーメールが届いた。

差出人は「池田美月」と書いてある。

誰だろう?

ニューヨークに来て、もう6年になる。

ということは、お父さんが亡くなってから6年近く経っているということか。

早いな。

不思議なことに、お父さんの意識があった最後の遺言のような形で、彼と一緒になった。

どう言う訳か、お母さんの猛烈な後押しもあった。古い形の結婚だけど、今となったらそれも悪い気はしない。

彼は、お父さんの手術の後に、きっぱりと医師を辞めた。

彼曰く、「医学の限界を感じた」なんて大それたことを言っている。それで、こっちに来て研究者として働いている。

頼りなくて、何処かぎこちなくて、憎めないけど、とてつもなく大きな夢を持っている人。

正直なところ、そんなところに私は惹かれた。

封を開けてみた。

 

田中カンナ様

お母さまから、住所をお聞きして手紙を出しました。
私のことを覚えていらっしゃいますか?
私は、お父様のお葬式の最後のお別れの時に、棺まで抱きかかえるように連れて行って頂きました香田美月です。
どうもありがとうございました。
お父様には、随分お世話になりましたので、お亡くなりになられた時はショックで取り乱してしまい申し訳ありませんでした。
その後お母さまが、「実の娘は、海の向こうに行ってしまっているので、面倒見られないから」とおっしゃって、頻繁に私たちの住む神戸まで来て下さり、実の母親のように私たちの家族の面倒を見て頂いております。特に、長女が生まれた時などは、自分の孫が出来たように喜んで頂きました。
本当に感謝しております。
娘が三歳になりましたので記念に撮った家族の写真をお母様にお見せしたところ、娘が喜ぶから送ってあげてとおっしゃいましたので、同封します。


                     池田美月
      
                    
彼女の事は、鮮明に覚えている。

面会に行ったとき、廊下に響き渡る澄んだ歌声に引き込まれるように病室に入った。

彼女がいた。

目を閉じて、それを聞いているお父さん。

お父さんのあんなに安らかな顔は、見たことがなかった。

その前で、必死に涙を堪えながら歌う彼女。

その彼女が、お葬式の時に、泣き崩れている。

私は、お父さんの最後に彼女の歌を聞かせてあげたかった。

私は、安らかにお父さんを送り出したかった。

でも、彼女はとても歌える状況ではなかった。

あの人が、池田美月さんだったのか。

一緒に送られてきた写真を見た。

私は、写真から目が離せなくなってしまった。

涙がとめどもなく溢れてくる。

若い夫婦と幼い女の子が映っている。

男性は、チャコールグレーの制服を着て、その制帽を女の子が被っている。

女の子の、ぶかぶかの制帽を被って、敬礼をしている姿が何とも可愛らしい。

その男性は、若い頃のお父さん。

美月さんは、若い頃のお母さん。

本当によく似ていて古い写真を見ているみたい。

そして、幼い頃の私がいる。

まさに私たち家族の面影を残している。

 涙が止まらない。

お父さん、お母さん、ありがとう。

本当に、ありがとう。

何処からか、美月さんの歌声が聞こえてきた。

 

♬ 色あせる街並み
 光りを失ってゆく街に
 窓に灯りだす明かりは
 私には眩しすぎる
 涙でかすむ
 頬をつたう涙の
 そのぬくもりが欲しい
 あなたは何処へいってしまったの
 あなたの思い出だけを
 追いかけるのは
 辛すぎる
 あなたが好きだった
 言葉にならないほどに
 あなたが好きだった
 身体が震える程に
 あなたが好きだった
 あなたが好きだった
 言葉にならないほどに
 あなたが好きだった
 身体が震える程に
 もし、また会えたのなら
 「ごめんなさい」と言う
 そして「ありがとう」
 そして「ありがとう」
 そして「ありがとう」

 

涙の向こう側に、

お父さんのにっこり微笑む顔が見えた。

未来が見えたような気がした。

思わずつぶやいた。

「お父さん、ありがとう」

 


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