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旅立ちの前に2-1(小説『天国へ届け、この歌を』より)

♬色あせる街並み
 光りを失ってゆく街に
 窓に灯りだす明かりは
 私には眩しすぎる
 涙でかすむ
 頬をつたう涙の
 そのぬくもりが欲しい
 あなたは何処へいってしまったの
 あなたの思い出だけを
 追いかけるのは
 辛すぎる
 あなたが好きだった
 言葉にならないほどに
 あなたが好きだった
 身体が震える程に
 あなたが好きだった
 あなたが好きだった
 言葉にならないほどに
 あなたが好きだった
 身体が震える程に
 もし、また会えたのなら
 「ごめんなさい」と言う
 そして「ありがとう」
 そして「ありがとう」
 そして「ありがとう」

ずっと美月の歌が、聞こえている。
私の身体に中に流れ続いている。
軽やかな車輪の音を響かせながら、私はベッドに横たわったまま手術室に運ばれようとしている。

天井の照明が、私の過去を照らし出す走馬灯のように流れてゆく。綺麗だ。

ベッドが止まった。

「大丈夫ですか?」

初めて見る看護師さんが私の顔をのぞく。ガタンと軽い衝撃があって、エレベーターに載せられた。

すっと身体が下に落ちるような感触がした。それにつれて、意識が混濁した。

もう私は、死んでいて火葬場に向かっているのだと思った。

焼き場の扉が開いて、わたしの身体が焼却されようとしている。死んでしまっている私は少しも熱さを感じない。何故だろう。



彼女は、来てくれた。
美月に会うことが出来た。妻の美由紀が彼女を見舞いに来るように頼んだらしい。

美由紀が、美月を呼んだ。どうしてだ。分からない。美由紀は、天使の仮面をかぶった悪魔なのだろうか。

私は、罪を犯したのだ。娘ほどの若い女性に想いを寄せた。そして、どのような経緯があるにせよ一夜を共にしたのだ。許されるべきことではない。私は、美由紀を裏切ったのだ。

その為に、不治の病に侵されるという報いを受けた。私は、この病が深刻なほどに、自分の犯した罪の重大さに気付かされる。

被害者を証人喚問するために、呼んだのか?

美由紀が面会に来ている時に、美月が病室に入ってきた。

私の見舞いに来たというより、美由紀に会いに来たという感じだった。

会社にいる時のように表情を変えずに、会社からの書類を事務的に説明した。

それが終わると、ご丁寧にタッパーウェアーを返してきた。美月は、意識的に私の方を見ないようにしている。

彼女も天使の仮面を被った悪魔なのだろうか。

このまま一言も交わさずに、帰ってしまうのだろうか。あれ程、美月に会いたかったのに。行ってしまうのだろうか。

これも、私が犯した罪に対する報いなのだろうか。それならば残酷すぎる。生きて戻ってくるか分からない手術を前にして、その仕打ちは、あまりにも酷だ。死への片道切符を渡されたのと同じだ。

私は、帰って来たい。生きたい。

                              つづく 

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