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短編小説『テーブルクロスの重なり』

ずいぶん昔、独身の頃以来若い女性の部屋に入ったことがなかったけれども、想像していたのと随分違っていた。娘のカンナの部屋のように、大きなテディベアのぬいぐるみがあったり、アイドルグループのポスターが貼ってあったりするようなビーズをばらまいたような部屋を想像していたが、全く違っていた。

白と黒を基調としたシンプルな色合いですっきりとかたづいていた。生活感がなくて、白と黒以外の色はなかった。

唯一色があるのは自分の履いているタータンチェックのスリッパだけだ。

ビジネスホテルの一室のような空間を中に入るとアコースティックギターがぽつんと立てかけてある。そのギターの木目の温もりが安らぎを与えてくれている。

私は、場違いなところに来てしまったように感じた。

「手を洗いたいのですが」

「どうぞ、こちらの流し台で洗って下さい。ハンドソープもそこにありますから」

私は、これから手術を始める医師のように丁寧に手を洗った。

「普段は、観葉植物が沢山おいているのですけど、今日は全部外に出しちゃいました」

「直射日光に当たるとまずいのじゃない?」

「多分、この時期は良くないと思います。でも、今日だけ特別です」

この空間の中で、真正面に置かれているアコースティックギターは存在感を示していた。そして、それが香田さんの生活においても大きなウエートを置いているように思えた。

彼女は、音楽をやっていたのだ。改めてそう感じた。一度、彼女の歌を聞いてみたいと思った。

「今でもギターは弾くの?」

「弾きますよ。気が向いたときだけですけれども。ジャケット掛けますから、お脱ぎください。狭いですけどここにおかけください」

黒い一人用の小さなテーブルにお揃いの黒のパイプ椅子があってそれに座るように促してくれた。

彼女は、どこに座るのだろう?

香田さんは、ベッドの脇から白いスツールを出して、テーブルの左側に置いた。

そして、テーブルの真ん中に生成り色のリネンのテーブルクロスを敷いて、その左側に、もう一枚同じテーブルクロスを直角に敷いた。

左側のテーブルクロスは収まり切れなくて垂れ下がった。香田さんは、垂れ下がった部分を折り曲げようとした。

私は、それを見て自分の前に置かれたテーブルクロスを右端に寄せた。そして、彼女のテーブルクロス引っ張って、端が垂れ下がらないようにした。

彼女のテーブルクロスの右端と自分の左側のテーブルクロスが重なった。

「ありがとうございます」

香田さんは、重なった部分のテーブルクロスを私のテーブルクロスの下になるように敷き直した。

なんて気が付く娘なのだろう。

テーブルクロスの重なり合った分だけ、親密になれたような気がした。

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