今度は私が助けてあげる(小説『天国へ届け、この歌を』より)
「失礼します」
長身の駅員さんが、制帽を脱ぎながら身をかがめるようにして入ってきた。
駅長さんが私のことを話してくれた。
確かに名札には「池田」と書いてある。
どこかで見た顔。その顔に見覚えがある。でも、思い出せない。
「助けていただきまして、ありがとうございます」
池田さんは、まるで他人事のように目を合わさないまま、軽くうなずく。影のある寂しそうな横顔。
ステージで歌えなくなってしまったヤマギシ君を思い出した。
「あの時、忘れ物ですよって声を掛けてもらいましたが、どうしてですか?」
池田さんは、遠くを見た。オトーサンの目と同じ。私をすり抜けて通り過ぎる目。
「どんなに辛いことがあって、絶望の淵のあっても、一つくらいは思い残すことはあるはずです。それを思いの返してもらうために声を掛けます。振り返った時、あなたは何を見ましたか?振り返った時に見たものが、あなたに残された希望です」
私は、あの時何を見たかを思い出した。
私はその時、お腹の大きな妊婦を見た。
子供を産む。母親になる。うらやましいなと思ったのだ。
思い出した。
それが私のやり残してきたこと?
そして、目の前にいる池田さんが、誰であるかやっと分かった。
急に地面に落ち込んで、お繭の中に包まれている夢を見た時、そこから助け出してくれた人。
それが池田さんだった。
私は、池田さんの顔を見つめた。
過去を引きずって、そこから抜け出せない人。
今度は、私があなたを助ける番。
貴島さんのにっこり微笑む顔が目に浮かんだ。
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