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高校からの帰り道

夏至を迎えて、日が長くなった7月。通っていた高校から帰る時、橋を渡って、住宅街を通って、大通りを曲がり、街灯がポツン、ポツンとある道を通って家まで帰っていた。住宅街に家がある中学からの友人と寄り道をして、その子と別れてからは片耳だけ音楽を聴きながらぼんやりと歩く。

鞄に詰まった教科書はずっしりと重たくて、一日中動き回った体は、次の一歩を踏み出すのでさえ億劫だ。でも、その帰り道だけは嫌いになれなかった。

仕事から帰ってきたのだろうか、ポツリポツリと灯りはじめる住宅街の家の窓、近くを通るとふわりと香る夕飯時の匂い。虫の声が遠くから聞こえて、まだ夏前のじんわりと湿った暖かい風が頬を柔らかく撫でていく。

隠れはじめた太陽の橙色で空や雲が深く色づく。伸びた雲の尾鰭だけほんのり白い。それにつられて振り返れば、暗い夜が迫ってくる。そんな夜から逃げるように、沈みかけの太陽に向かってまた一歩足を踏みだす。

そういう風景をぼんやり映して、暖かい風や擦れる草のザワザワともサラサラともつかない音を聞く。惰性でだらだら歩きながら、その辺の石っころをコツンと転がして、空腹を訴えるお腹を誤魔化した。

私はその時間が好きだった。何もかもが穏やかで、近くには見も知らぬ、これからも関わることのない人間の営みがある。それに少しホッとするのだ。

肩からずり落ちそうなリュックを背負い直して、今日の夕ご飯に期待をする。そうして、ああ、早く帰ってしまおう。多少軽くなった足取りをそのままに、私はイヤホンを付け直すのだ。

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