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終着に向かう箱庭

 ふと、目を覚ました。
 どうやら僕は畳に倒れこんで寝ていたようだった。身体を起こし、二本の腕に上半身の体重を乗せるようにして座ると、枕にしていた一本が軋んだ。あ、たてたてよこよこに模様が付いている。
 何をする気も起きない日、というのが時たまある。お腹が空いても食べる気になれない。ひたすらに寝転んで天井を眺めていちにち過ごす。そんな、傍からみれば怠惰な日だ。どうやら今日はその日のようだった。
 朝はそんなふうではなく、きちんと起きて、朝ごはんを食べて、着替えて、そこまではいつもどおりだったのに、二度寝をして起きたら酷く精神が凪いでいた。すこし濁ったぶあつい膜が、僕の周りをとりかこんでいる感じだろうか。
 しかし、長時間畳に寝転ぶというのは案外腰が痛むなと思った。きょうは縁側で庭を眺めて過ごそうと思った。ほら、こんなふうに思考に脈絡がなくて、深くむずかしく考えることができないんだ。こんな日はどうしようもない。この家には僕ひとりしかいないので、積極的に生きたいとは思わないまでも死にたいとも思っていない僕は自分で自分の世話をするしかない。
 まだむありとした熱気が肌にまとわりつく感じがある。汗か、それとも湿度のせいか、髪の毛がしんなりしている気がする。まだ夏は終わっていないのだと空気が主張している。

 風呂場から大きなたらいを持ってきた。それを沓脱ぎ石の上に置く。庭からホースをずるずると引っ張ってきて、水を出す。始めに出てくるのは日光で温められたおよそ水ではないものなので、それは庭の草花にかけてやる。少し経って、ほんとうの水になったところで、ホースの先を庭から沓脱ぎ石の上、たらいに向ける。
 適当な水量が溜まったところで、またホースを引きずりながら蛇口に向かう。ほんとうならホースをくるくると丸めて引っ掛けておくべきなんだろうけど、水を撒いた庭を引きずってきたホースは、泥塗れで、触りたくない。だからそのまま地面に落としておく。そういえば裸足のままだったな。
 ちょうど、たらいに水が溜まっているのでそこで泥を落とす。拭うものを準備していなかったので、水滴をあちこちに落としながら縁側に上がった。向かう先は台所。
 冷凍庫を開けて製氷皿を取り出す。
 グラスに水を一杯。
 少し考えて、脇にかけてあった手を拭くためのタオルを頂戴する。
 それらを持ってまた縁側へ。廊下に上がったときの足跡が残っているが、それもいつかは乾いて消えるだろう。
 たらいの上で製氷皿を逆さに持って捻ると、ぱきぱき言いながら氷がたらいに向かって身投げする。いや、させたのは僕か。氷殺人事件。
 足を水に浸す。まだ冷えてはいないがそのうち氷が溶けてくるだろう。これは完全犯罪。被害者はいない。

 庭を眺めながら、酷く静かな気持ちで考える。
 夏の盛りには脇目も振らず天を目指していたようなタチアオイが、今ではうつむきこちらを見下ろしている。競うように伸びたヒマワリも、傾いでこうべを垂れている。
 なんだか、この家と、庭と、草花と一緒に枯れていくような心地がする。
 不完全な死体のような僕は、夏の終わりとともに、完全な肉塊になるのかもしれない。そう思った。

 まだ死んでいない氷同士がぶつかって軽やかな音を立てた。耳が涼しい気がする。いや、氷にとっては氷の状態こそが死なのか、溶けて水に戻ることで全き一つに戻れるのかもしれない、それなら僕は功労者だ。いや、氷を作ったのも僕だった.....………。  

 氷が溶けきった頃、庭の隅から痩せた猫が現れた。骨が浮いて見える。脂が足りないようで、毛並みはボサボサ。僕みたいだ。
 向こうも僕に気づいていたみたいで、此方にやってきた。お互い何も言わない。
 毛皮を着ていて暑いだろうと思ったので、グラスから、沓脱ぎ石のくぼみに水をこぼしてやった。
 喉が渇いていたのか、水溜りはすぐに干上がってしまった。もう一度こぼしてやるのも面倒くさかったので、水をグラスごと地面に下ろしてやった。

 まるで死に水を取っている気分だった。
 猫は死期を悟ると姿を消すと言うが、その、消して向かった先がこの庭だったのだろう。みんな枯れて、終着に向かう庭。
 暫くひとりと一匹で何をするでもなく、時折水をかき回して、尻尾を揺らして、座っていた。

 陽が傾いたころ、雨が降ってきた。
 不思議と空はあかるいまま、はじめは重そうにぼたぼたと、それからそうめんのように細くなって、さあさあと。僕のへたくそな水やりよりもまんべんなく、誰にも平等に。
 多分、僕に水をやってくれる人がいないから、仏さまとか神さまとか、そういう、上の方のなにかが、僕に水をくれたんだと思う。そう思いたい。
 雨の音だけが聞こえる、世界から隔離された庭に僕と猫がいた。

 雨が止んだ。
 いつのまにか猫はいなくなっていた。一緒に枯れてくれるのではなかったのかと、少しさみしい気分だった。

2021年1月16日:加筆しました

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