【小説】いつも傍に居てくれる君へ9
毎日毎日、何故こうもイベントが起きるのか。
どんよりとした雰囲気で登校を果たした雫。
そして目の前には最初の障害が居た。
「おはよー」
「また、ひどい顔をしてる」
「そうかな」
「そうよ」
ただそれだけのやり取り。
カバンから教科書やノートを取り出して机へ入れる。
「何があったの?」
「ちょっと……ねぇ」
まさか陽介の狙いが自分とは……雫は昨日のことを思い返すと頭痛がする。
よくよく思い返せば、ただの一度も『楓と近付きたい』なんて言っていなかったのだ。
そして手紙という間接的な手段で呼び出し、直接的な顔見知りになって連絡先を交換していた。
何という策士か……陽介の所業を思い出すと、雫はさらに陰鬱な空気を吐き出してしまう。
「何があったの?」
勉強や成績も一端を担うが、学校という箱庭において、対人関係は最も大きなストレスになりかねない。
しかし雫はその対人関係が得意で、問題を起こしたこともなければ深入りすることもない。
非常に上手く世渡りをしている雫が、二日連続でこうなっていれば楓が疑問を持つのも頷ける。
ただ、自身のコミュニケーション能力を無自覚にも長所だと感じていた雫には、この二日間は消耗が激しく、返答のかじ取りを間違えてしまった。
「そういえば最近僕のことをよく訊くようになったね」
「………………訊いちゃダメなの?」
「そういうわけじゃないよ」
「なら何が問題なの」
「いや、問題なわけじゃなくて、不思議だなと思っただけ」
「……わかった、もう訊かない」
ふいっとそっぽを向いてしまう楓と、状況が読み取れず疑問符を浮かべる雫。
お互いの余裕のなさを露呈することになる。
しかしこのすれ違いは大きな亀裂になって横たわった。
・
・
・
「よっ、雫!」
昼休みに二組に通うのが恒例になっていた陽介は、馴れ馴れしくも声を掛けて来る。
軽く溜息を入れて無視を決め込んで弁当を取り出す雫。
正面に座る楓は、陽介へと視線を向けて問う。
「しずく?」
「あぁ、昨日雫に告白してな」
聞き耳を立てていたわけでもないだろうに、教室全体の空気がざわりと変わった。
陽介の次に視線が集まった弁当を箸でつついていた雫が、顔も上げずに「うるさい、黙れ」と抗議の声を上げる。
あの雫が、この態度……これでは事実だとクラス全員が確信に至ってしまう。
雫にしては痛恨のミスだっただろう。
「照れるなって!」
「寄るな気持ち悪い」
「おい、本気で凹むからやめてくれ」
「第いt―――バンッ!
いろんな意味でざわついていた教室が静まり返る。
椅子を蹴倒し、机を叩いた楓に視線が集中するも、本人は顔を伏せたまま席を立つ。
直観的・感情的な楓でも、あんな態度を取ったことがなく、雫は茫然と見送ってしてしまった。
そして
「帰れバカ」
「え、俺のせい?」
「断ったんだから、僕を避けろバカ」
「バカバカ言いすぎだろ。
そう簡単に諦められるかよバカ!」
「うわぁ……めんどう……」
きっぱりと断ったので自然に離れていくものだと思っていたのに、追い縋るとはなかなかやる。
嫌いではなく、むしろ気の合う相手なので対処に困る。
ともあれ、楓を放置するわけにはいかない。
少なくともクラスメイトはその展開を望んでいるだろう。
「行くのか?」
「うるさいな」
「俺も探そうか?」
「いらない……僕の仕事だから」
素っ気なく陽介をあしらい、雫はほとんど手を付けていない弁当を手早く片付けて楓の後を追った。
・
・
・
楓の行きそうなところ……大見得を切って出てきたが、何処も思い浮かばない。
彼女はそこに居るだけで主役になれる。
たとえいつも顔を伏せがちにしていても、日陰に居ても、華やぎ周囲を彩る……そんな存在感の塊だ。
だからすぐに見つかると思っていた。
彼女の後を追えば、存在感の残り香がぽつぽつと見えると本気で思っていた。
実際、今までは感じ取れていたはずなのに……と、少し焦り気味に雫は速足で廊下を歩く。
はたして、人が集う食堂の裏手に佇む楓を見つけた。
確かに近くにひと気がある場所なら、楓の雰囲気を包み込んでくれるだろう。
変に納得してしまった雫は、思わず笑ってしまった。
「楓、ご飯食べに戻ろうか」
「…………なんで?」
「お腹空くでしょ」
「ちがう、なんで朝訊いた時に教えてくれなかったの?」
「え、うーん……。
一度告白されただけでも驚きなのに、まさか二日連続は想定外だったからかな」
思い返せば、答えに行きつくまでに話題が切り上げられたのだ。
それは雫の態度も悪かっただろうが、聞き手の楓も我慢が足りなかった。
お互いが雑に対応した結果だ。
「……なら、慌ててただけ?」
「いつも通りなら普通に返事してたんじゃないかな」
現に一度目は疲れてはいたものの、楓に教えていたのだから。
少なくとも楓は雫の疲れた態度に疑問を持ったのだから、少しは配慮すべきだっただろう。
その答えに一定の満足をした楓は、珍しく顔を上げて雫を見据えた。
「……雫、私はあなたが好き」
「うん? うん、ありがとう。
僕も楓のことを好きになったよ」
一瞬顔を輝かせた楓だったが、すぐに意図に気付いて消沈し、次に「………………愛してるって言えば伝わるの?」と絞り出した。
楓の口から零れた言葉に、昨日と同じく激しい衝撃を受け、恐れおののくように後退る雫。
思ってもみなかった可能性だが、このタイミングで言われればそういう意味以外には取れないはずだ、と反省する。
だが、これだけは言わねばならなかった。
「いや、気持ちは嬉しいけど僕は同性だよ?」
言外に『わかってるよね?』と雫は問う。
しかしそんなもの、考え抜いてから楓は声に出しているのだ。
性別の問題は最初に出てくるものだろう。
「うるさい、だから何だ!」
「えー……性別はかなり大きな問題だと思うんだけど……」
「私のこと嫌いなの?」
「好きだよ」
臆面もなく即答する自分に、雫は我がことながら軽い驚きを感じた。
そして『そうか、だから陽介はあんなにも念を押して訊いてきたのか』と、いまさらに悟るハメになる。
こんなことになる切っ掛けを作ったのも陽介なのは何とも皮肉な話でもあるが。
「だったら良いじゃない!」
「何だか良い気もしてきたよ」
「でしょ!?」
最早勢いだけで話す楓と雫。
楓はともかく、雫はこの思いを恋愛感情だとは思っていない。
だが、初めて楓を見た時に心を奪われていた。
それは恋心とは多分違うけれど、それでもやはり『心を奪われた』と表現するのが一番正しい。
「でもなぁ……普通は男女間でするものなんだけどなぁ」
「……うるさい。
雫はもう私のものなんだ」
「その台詞はぐっとくるけど、一足遅かったかな……」
「何が?」
「一昨日のロミオメールの中にあったよ」
たった二時間ほどでベタ惚れしてきた、あの変な人を思い出す。
ぼんやりと宙に視線を泳がせる雫に、楓がぶつかるように抱き着いた。
「がーー!
雫がそんなだから、私がいつも怒るんだよ!」
「そうなの?
ははっ、それは良いことを訊いたよ」
「っく……殴りたい……」
「え、もしかして僕を殴るの?」
「そんなわけないでしょ……」
初めて出逢った時の憂いの浮かんだ瞳は、今は雫へ向けて笑っていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?