【小説】いつも傍に居てくれる君へ8

「何かあったの?」

どんよりとした空気を引き摺りながら登校した雫。
いつもとは違う様子に、珍しく楓が声を掛けた。

「え、あー……うん、昨日ちょっとね」

「昨日?
 あぁ、そういえば用事があるって言ってたね」

「合コンに参加したんだけど……」

「………………雫そんなのに興味があったの?」

「いや、初めてだから全然分かってなかっただけかな」

「で、どうだったの?」

「結論から言うと楽しくなかった」

「その様子じゃね……」

過去一度も経験していない楓ですら、合コンが何たるかを知っていたのに、雫は予備知識もなしに参加した。
それはそれで随分と人付き合いの良い……いや、むしろ好奇心旺盛と呼ぶべきだろうか。
楓としては呆れれば良いのか、それとも慰めれば良いのか、判断に困るところだ。

「何があったの?」

「そうだなぁ……いきなり告白されたくらい?」

「えぇ!? それでどうしたの!」

「ちょ、うるさいって。
 そんなの断るに決まってるでしょ」

二時間ほどでお開きになった直後に一人だけ呼び出され、何事かと向かえばまさかの告白タイム。
事態の急変に驚いて目を見張っていると、OKされたと勘違いしたのか、頬を赤らめた照れ顔で近付いて来た相手からササッと退避。
危機感を持った雫はすぐに断ってその場を離れ、近くのファミレスで反省会という名の夕食へと雪崩込んだのだ。

その反省会では、共に参加した友人たちから、雫が呼び出された理由を問いただされた。
未だ衝撃冷めやらぬ雫は、告白の件を素直に答えてしまい、嫉妬と羨望の視線を集めることになる。
断った理由を伝えても余り納得されず、雫からすると不本意でしかない。
しかもその間にも、たびたび携帯を開いて確認する姿を咎められ、奪い去られて告白者のロミオメールが暴かれてしまった。

雫からするとご愁傷様、としか言いようのない状況なのに、断った相手からの熱烈なアプローチを通知してくる携帯。
最初こそ「すごい!」とか「熱々じゃん!」とか「何で断ったの!」とか。
そんな盛り上がり方をしていたのだが……返信すらしていない携帯に続々と届く通知に冷め始める周囲。
いっそ極寒と言えるほどの空気の中で、携帯が奏でる静かな振動音だけが空しく響く。

こうして雫の対応は正しかったのだと気付き、すぐに「何かごめんね」だの「すごいのに当たったね」だのと同情心を見せながら返される携帯。
本人は何一つ釈然としないまま、少し静かになったころに頼んでいた食事が届いてうやむやになった。
そっと相手に「今後の連絡お断り」と最後通牒を突き付けてからブロックすることも忘れず、届いたオムライスにスプーンを差し込んだ。

ちなみに数合わせで参加した雫に支払いが回ってくることはなかった。
もしかするとストーカー一歩手前の相手と出遭って苦労したことへの慰労金が含まれていたのかもしれない。



「わざわざ呼び出して何かな?」

今は放課後。
雫はカバンを背負い直しながら、呼び出した相手に声を掛けた。

「前に延期してた話をしようと思ってさ」

呼び出した相手は少し緊張した面持ちの陽介。
連絡先を渡していて電話もメールも繋がる。
わざわざ呼ばなくても事足りるし、何より今日も昼休憩には顔を出していたじゃないか、とは雫の感想だ。
楓を落とす方法を、本人の目の前で相談するわけにもいかないのは分かるのだが。

「それで、今日は何の用?」

「改めて聞くが、東雲とは仲が良いだけだよな?」

「聞くまでもないことだと思うけどな。
 もう何度かお昼を一緒に食べてるからわかるでしょ」

「わかってる。
 でも、お前の口から教えてくれないか?」

面倒な奴だな、と雫は呆れる。
ただそんなことで良いのなら、改めて伝えてあげよう。

「僕と楓は付き合っていないよ」

「……好きか?」

「そうだね、嫌いではないね」

「そうか……」

何の確認をしているのか雫にはわからない。
それに何だかそわそわしているようにも思える。
相談ならさっさとしてほしいし、終わったのなら解放してほしい。
特に昨日のストーカーの相手をした心労を抱える今は、一刻も早く家に帰りたいのだ。
いや、むしろさっさと帰って部屋着に着替えたいと思っているくらいだった。

「確認が終わったならもう行くけど」

「あ、ちょっと待ってくれ」

「何? 時間が掛かるなら明日にしない?」

「いや……ほんの少し……ちょっと聞いてほしいんだ」

「うん?」

「お前が好きだ!」

感情一杯に詰め込まれたそれは、いかにも面倒で気怠げな表情をしていた雫にも届く。
だが、たかだか練習に叫ぶほどのことか、と雫が感じてしまうのはきっと悪いことではないはずだ。

「あぁ、ストレートで良いんじゃない?」

「…………違う。皇、俺は最初からお前が好きだったんだよ!」

陽介の告白は、今度こそお目当ての雫に突き刺さった。

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